四月課題レポート 「麻生氏の講演を聞いて 〜日米同盟の今後〜」
福井 聡介
  麻生氏の「自由と繁栄の弧」の構想は、個人的には非常に同調できるところです。この構想の大筋は「日本が途上国への投資・技術提供・人材派遣をすることによって、これらの国々での経済的な発展を促し、貧困・絶望を解消して国政を安定化させる。この安定化によって暴力・紛争・テロ・戦争などが予防され、廻って日本の益ともなる」とまとめられるかと思いますが、武力を(建前上は)有さず、経済力に優れる日本が、国益と世界平和を追求する上でもっとも理想的な外交の形ではないかと考えます。

  長期的な・あるいは平和的な外交に関しては上記のスタンスで臨むとして、その前にまず差し迫って問題となるのは日朝関係でしょう。これに対する日本の姿勢は、さしあたり現状を維持し、根気よく外交努力で拉致・核等の諸問題解決を目指す、で良いかと思いますが、では近い将来に予想されうる脅威、朝鮮からの攻撃に対してはどのように備えるべきか。非戦を掲げる日本においては、日米安全保障条約に拠る米国の協力(すなわち米の軍事力を背景とした抑止と、被攻撃時の防衛協力)に頼るほかはありませんが、これを踏まえた上で日本は米国とどのように付き合っていくべきなのか?

 本来なら軍事協力には軍事協力を以て返すべきところですが、日本ではそれは適いません。近年では国内外で「日本も(自衛・あるいは世界平和の維持)のために武力を有し、軍事的な役割を担うべき」との考えが増してきているように感じますが、私はこれに賛成できません。軍事力による貢献は他国でも可能ですが、武力放棄を掲げることが出来る国は日本しか存在しないことを忘れてはいけないと考えます(自衛隊の所有がこれを曖昧にしていますが、この場での追求は控えます)。であるならば、日本が米国に対して協力できることは経済協力か、非戦力としての自衛隊の復興支援協力となるでしょう(戦時における後方支援をどのように位置づけるかは賛否あるところだと思いますが…)。そして軍事は米国、日本は兵器開発・経済的援助・戦後復興に協力する、と役割を明確にすべきでしょう。日本国民のみが流血を免れることに対して否定的な意見は必ずや出ると思いますが、GHQ占領下での憲法制定以降、日本が非戦を掲げた60年間の事実と、先に述べた経済的発展で平和への貢献を為せる、という2点で理解を求めていくほかないと考えます。

 今後、日米関係に対して日本政権が求められるのは、原則現在の良好な日米関係を踏襲して、軍事的には米国の庇護下にありながら、戦後復興や経済支援によって「日本だから為せる平和貢献」を明確にすること。そして独自の“正義”で行動する米国に追従する一方ではなく、日本国民総意としての“正義”に反する事柄と思われることには断じて否を示すこと、この二点であると考えます。