題名:小泉式「二元論化」のやり過ぎに注意!!
氏名:石井航
 安倍総裁は総裁選にあたり、靖国神社への参拝に関し「するともしないとも言わない」という姿勢をとった。この点に関し、中日新聞編集局次長・志村氏は「リーダーを選ぶ選挙なのだから、どんなテーマについても論点をぼやかす姿勢は宜しくない」と発言された。私は志村氏の意見に反対である。本論では、その論拠を明らかにし、総裁選に限らず、どんなテーマでも賛成か反対かという二元論的構図を展開する昨今の傾向に警鐘を発したい。

 近時、世界的にはテロや環境問題、日本では経済や教育問題など、あらゆる世界・分野において変化の速度が速まり、問題は複雑化している。そんな状況下で、複雑すぎる問題を考えるのに嫌気がさし、何事も2つに分ける単純明快(=極端)な「解決策」に飛びつく人々が世界中で増加してはいないだろうか。例えば、「改革を止めるな」という善悪の構図や、ナチズム、各種宗教の原理主義集団も、複雑すぎる問題を前に思考を停止することによって生まれたと私は考える。民主主義の根幹は言うまでもなく、多様性と寛容である。彼らは、人類が長い歴史の中で獲得したその果実を自らの手で捨て去っていることに気づくべきだ。

 戦後政治は、国際秩序の維持はすべてアメリカに任せて経済発展に専念し、それによる財の分配に終始してきた。この状況下では、人々は「いつかは報われる」と政府と他人を信頼し努力を重ねられた。ところが現代は経済成長が伸び悩み、パイの拡大が期待できない。この状況下では、人々は限られた財を取り合うことになる。昨今の「勝ち組・負け組」「セレブ」という言葉は、他人に対する「自分よりおカネを稼いでいるのではないか」という不信感、そして将来に対する不安が日本全体を覆っていることの現われではないだろうか。この環境下で総裁候補は、短期的には苦労をともなっても長期的には全員がメリットを得られるという夢や希望を伴ったビジョンを提示できなかった。しかしこのビジョンは、1人の政治家が即席でひらめくものではないだろう。政治家だけでなく学者、科学技術者、ビジネスマン、労働組合、軍事関係者、官僚、宗教関係者など、多くの国民の英知を結集させて時間をかけてこそ、つくりあげられるはずだ。それには莫大な手間と時間がかかる。

 たしかに変化の速い時代において、必要な対策を実行に移せなければ他国に遅れをとることも考えられる。しかしそれ以上に重要なのは、問題から逃げず、時間をかけてでも魅力あるビジョンとその実現可能性を高め、それらを人々に伝える努力ではないだろうか。その過程を通じ、多くの国民が納得できる政策を立案してこそ、国民は安心と希望をもって働くことができる。目を覆いたくなるような犯罪やテロが日本だけでなく世界各国で起こっているが、どんな複雑な問題にも答えはある。答えは、互いが違いを認め、それから学びあうことで見つけ出されるはずだ。それを支えるのが民主主義であり、それを自らの手で殺すことはあってはならない。

参考資料:廣瀬公一先生講義資料、日本改造計画 小沢一郎 講談社
     下流社会 三浦展 光文社新書、希望格差社会 山田昌弘 筑摩書房
     If Armagedon is our fear, what’s the solution?   Dr Ichak Adizes
          自由民主党総裁選ホームページ、文芸春秋10月号