| 死刑制度必要としない社会を目指して 坪根輝彦 |
| 山口県光市でおきた母子殺人事件。被害者のご家族がテレビで淡々と話す姿を見れば、誰もが被告の死刑止むなしとする意見は当然である。平成16年に行われた『基本的法制度に関する世論調査(※1)でも「場合によっては死刑もやむを得ない」と答えた者が81.4%に達し死刑制度を容認している。 この死刑制度容認者の内、31.8%が「状況が変われば、将来的には、死刑を廃止してもよい」と答えている。筆者は、この「状況が変われば」に注目し、死刑制度を必要としない社会状況をつくることが重要であり、それを可能とするのが教育であると考える。 教育基本法の第1条で「教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。」と目的を記している。また、寺崎昌男(※2)は「社会の側からの統制・維持の作用と、個人の側からの発達・適応・創造という2つの作用を弁証法的に実現する社会的いとなみが、教育である。」と教育について定義している。 しかしながら、昨今の凶悪事件を見る限り教育基本法や寺崎言う、「教育」が我が国においてなされていないと思えるほど未完成な人間が多いように思う。 20年前の交通安全標語に「危ないと叱るよりも手をひこう」というものがあった。今日、我が国の教育は、何方かというと「手をひこう」に重きがおかれているように思う。本来、教育においては「危ないと叱る」ことほうが重要である。 叱る事を通し、子ども達は、社会的な規範を覚え、また、各発達段階において、自ら考え行動できる一人の人間として成長するのである。 6月課題レポートのテーマは「死刑制度廃止の是非について」であるが、理想かもしれないが、そもそも犯罪が無い社会をつくることの方が筆者は重要であるように思う。 プラトンは法による支配を次善のもの見做している。法によらない、神のごとき理性をそなえた哲人王による理想国家の建設を目指した。むろん、プラトンの時代でも実現しなかった哲人王による理想国家であるが、政治とは現実社会の問題を解決すると同時に、あるべき理想国家の姿を描き、それへと一歩一歩近づける努力も重要な役割である。 従って、今日の教育の在り方そのものを見直し、教育を通し不幸な事件のおきない、平和で豊かな理想国家をつくることが、死刑制度廃止につながるものと考える。 (※1)内閣府,「基本的法制度に関する世論調査」(http://www8.cao.go.jp/survey/h16/h16-houseido/index.html,2006.06.29) (※2)寺崎昌男(編),1982,『新版教育小辞典』,学陽書房 |