鈴木副学長のご講演で聞いて
坪根輝彦

 今から、5年前に私は永田町で秘書として、政治家を身近に見てきた。今回、鈴木副学長のご講演を拝聴し、政治家が思想や哲学を語る時代がついに来た事に心から感動を覚えた。

 さて、藤原正彦氏の「国家の品格」がベストセラーになったことは何を意味するのだろうか。鈴木副学長は「感性の復権」を語られた。藤原氏は「情緒と形を身につけること。」を訴えた。私は、鈴木先生、藤原先生のお考えをさらに拡げ、「唯心(1)の復権」が必要であると考える。

 今国会で議論されている「教育基本法」改正に関し、与党案は「宗教に関する寛容の態度と一般的な教養並びに宗教の社会生活における地位は、教育上尊重されること。」他方、民主党案は「宗教的感性の涵養及び宗教に関する寛容の態度を養うことは、教育上尊重されなければならない。(2)」としている。私はいずれの案も、唯心思想への踏み込みかが弱いように感じる。現行の学習指導要領においても「宗教的情操教育(3)」は可能である。従って、与党案の「一般的な教養」や民主党案の「宗教的感性の涵養」では、現行の学習指導要領の踏襲であり、教育基本法改正が日本人としての精神性を高め育む事にはならないと考える。

 日本人にとって自然は神であり、日本人の心には八百万の神の思想が脈々と生き続けている。日本人は「自然との調和」を考え、美しい感性をもっている。従って、私は、「唯心」を発展させた教育、すなわち神、仏という偉大なる力が存在することを教育に取り入れる「唯神の教育」が必要だと考える。

 新渡戸稲造は(4)「宗教がないということは。いったいあなたがたはどのようにして子孫に道徳教育を授けるのですか。」と著名な法学者に繰り返し指摘されたことを、その著書、『武士道』の序文に記している。

 かつて、私は茨城県の筑波研究学園都市で核融合施設を視察したことがある。その時、研究者が「核が何故、融合するのかは分からないが、融合する力が神であるとすれば私は信じる。」と述べていたことを鮮明に思い出す。

 やがて死ぬ けしきは見えず 蝉の声
芭蕉は姿形の見えない蝉が、今を懸命に生きている蝉に感動をもってとらえ句を詠んでいる。この句は、禅の教えに通じる。

  私は、特定の宗派の教義教育を持ち込まない限り、日本人としての品格を高めるため、「唯神の教育」を取り入れ、荒廃した精神を正すことが今、必要であり、そのため教育基本法の改正であってほしいと考える。

(1) 仏語。すべての存在は心の現れであって、ただ心だけが存在するということ。華厳経の中心思想。
2 すべての根源が精神にあるとし、精神を中心に考えること。

(2) 民主党,2006「日本国教育基本法案(新法)」要綱(民主党案)について」(http://www.dpj.or.jp/seisaku/kan0312/monka/BOX_MKA0011.html,2006,05,23)

(3) 文部科学省,「教育基本法(学校教育以外)に関する資料」(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/gijiroku/002/020602ff.pdf,2006,05,23)

(4) 新渡戸稲造(訳奈良本辰也),1898,『武士道』,三笠書房