題 「鈴木副学長の講演より」
氏名 柴田 浩行

 鈴木副学長の講演の中で、「この国が、感受性微弱に陥っている。」という警告がなされた。鈴木副学長は続けて、「感性、感受性があって人は動く。」「素晴らしいリーダーは、人に感動を与えられる。」「自らが感動できなければ駄目である。」だからこそ、「感動体験を子ども達に与えたい。」と訴えられた。正にその通りであると共感した。私は、自らの人生を通して、地域の子ども達の育成に寄与していきたいと考えている。どのような考えの基に子ども達と接すれば、真の感動体験を与えることができるのかを考えてみたい。

 現在、子ども達に対して様々なプログラムが大人によって用意されている。スイミングスクール、サッカースクール、体操スクールなどのスポーツから、折り紙教室、工作教室、自然と遊ぶ教室など身近な遊びまで、いたれりつくせりの状況である。しかし、大人が作り出した環境の中で、運動したり、遊んだりすることで、子ども達の感受性を大きく育むことができるのであろうか。
 ある小学校の校長先生から以下のような問題提起を受けたことがある。その小学校では、全校児童による縄跳び大会が行われている。しかし、この企画は教員が考え、教員が児童を指示して大会を運営している。そこには、児童の真の喜びはあるのだろうか。との問いかけであった。この校長先生は、将棋好きな児童から、将棋大会を行いたいとの申し出を受けた。教員に相談したところ学校で決めた行事ではないため、大会を行うことへの協力を拒否されたとのことである。そこで校長先生は、児童に自分達で将棋大会を行うことを提案した。実現までに時間はかかったが、大会は無事行うことができた。大会を自ら考え、準備し、運営した経験から児童が得た「感動」は、計り知れないと思うと述べられていた。

 子ども達に、過保護な環境を与えることが大人の役割ではない。大人が子ども達のためによかれと思い、行っていることが、実は子どもを大人の考える型にはめようとしているのではないか。大人が成すべきことは、子ども達が自ら考え、行動することができる環境を提供することであると考える。「安全な遊び場」「異世代の人々が交流できる場」「日本の文化、伝統を伝える場」が必要と考える。文部科学省生涯学習政策局が推進している、「子どもの居場所づくり」の主旨・目的には賛同できる。

 子ども達の想像力は無限である。環境さえ整えてあげれば、自ら遊びを考え、自らルールを考え、自ら喜びや楽しみを見出し行動することができる。自ら求めた喜びや楽しみであるからこそ、真に感動を覚えるのではないか。日々の感動の積み重ねが、感受性を大きく育んでいくと考える。「答えは子ども達にある。私自身に答えがあるのではない。」ということを肝に銘じて、子ども達と接していきたい。
以上