10月課題レポート
「少子化への対応として必要となる視点及び方策」
6期生 杉本明子
 大村議員は日本の少子高齢社会に対し,数年前より政策を担当してこられ,講演でこれまでの政策を振り返りまとめられていた。この大村私見をもとに私の考えを述べる。

 大村氏は,少子化問題を国家的危機と捉えている。日本の人口減少のテンポが世界人口に比して早すぎる結果,経済社会システムが時代の流れに適合しにくくなっているというわけである。平均寿命は女性が85.5歳,男性が78.5歳で,女性はまだまだ伸びると予測されている。加えて,日本の医療の目覚しい発展で,延命治療,尊厳死,介護保険の議論も沸騰している。大多数の団塊の世代の国民の関心は,いかにして健やかに老い,満足のいく人生を生き,終わるかであると思う。1年間に106万人生まれて,108万人死んでいく現在の日本人は2万人ずつ確実に減少し,セレモニーホールが乱立し,火葬場が不足する国土となることを心配し,笑えない現実をしっかりとうけとめなくてはいけないと危機感を持った。

 少子化の対策として,日本はこれまで働く女性の支援という形で取り組んできた。厚生労働省,地方自治は連携して,仕事と子育ての両立,保育所の整備を進めてきたが,地域によっては依然として1歳児の保育所入所は順番待ちの状況である。さらに,男女雇用機会均等法によって女性の社会進出の機会は広がったが,これが女性の“産む性”の機能を抑圧してしまったとはいえないだろうか。高学歴で,社会参加を働くことで実現しようとする女性は,“産む性”をあきらめざるを得なかったのである。これからは,大村議員の私見にもあるように,欧米型少子化対策の根本である,「ファミリーバリュー」を高める施策が必要である。量的対策から,質的転換を図るべきである。家庭の専業主婦が,「育児ノイローゼ」や,小児虐待のおそれにさいなまれなくても良いようにしなくてはならない。育児に自信と誇りを取り戻し,さらに上質の育児サポートが地方自治から得られれば,職業だけが社会参加の手段ではなく,育児こそは大切な社会参加手段であることを女性たちとその伴侶,家族は理解するのではないだろうか。
3)大村議員は「将来の不安を解消するには,社会保障改革をしっかりやり,国民に青写真を示す。医療・介護・年金それぞれに無駄を省き,合理的・効率的にし,透明にして国民の理解を得る改革を不断にやっていかなくてはならない」と結んでおられた。

 国民一人一人が社会保障の受給者であり,負担者である。保障を得るためには,負担は当然である。循環型社会の根源は給付と負担のバランスの上に成り立っているのではないだろうか。活力ある経済と安定した社会保障の両立に向けて,政治に期待することもさることながら,そのようなことを次世代を担う子ども達にきちんと教育することを早くしなくてはいけないと思う。最近読んだ藤原雅彦(2005)の「国家の品格」で,冒頭に,日本は世界で唯一の「情緒と形の文明」である。国際化という名のアメリカ化に踊らされてきた日本人は,この誇るべき「国柄」を長らく忘れてきた。「論理」と「合理性」頼みの「改革」では,社会の荒廃を食い止めることはできない。といっている。情緒豊かで,恥を知る思いやりの深い日本人の「国柄」を教育により再生させることが,実は国を豊かにする近道のように感じられるのである。

 平均寿命に戻るが,女性は生命力を象徴し,母なる大地といわれるように国力の創造主である。少子化対策に女性の考えが100%反映させることが望まれる。

参考文献
藤原正彦(2005):国家の品格,新潮新書,新潮社