「総理が街にやってきた!熱狂と興奮の中に見えたもの・・。」
加藤美幸

 投票を明後日にひかえた金曜日の夕暮れ、定員1300人のホールは通路や階段までもが、ぎっしりと人で埋まり、未だかつてないただならぬ雰囲気を漂わせていた。大都市名古屋から30分、11万のこの街に日本の内閣総理大臣が来るというのは本当だろうか。
 ステージには近隣市町の議員や首長がかわるがわる登壇し、普段よりヒートアップした声量で今を未来を叫んでいたが、多くの聴衆はただひたすら、彼の登場を待っていた。

 来たっ! 先導する屈強な警護の男達の黒いスーツとは対照的に、テレビのままのクールビズ、白髪で細身のその人は大きく手を振って登場した。開口一番、今まさに北海道から中部国際空港へ降り立たち、本当はセントレア自慢の展望風呂につかってきたかったのだと言う。ご当地向けの挨拶は絶妙であり、人々はもうこの時点で小泉ワールドへと引き込まれてしまっていたのだった。
総理は、今回立候補する新人候補者を強力にバックアップする為に来られたわけであるが、選挙期間中はまさに東奔西走、日本中を瞬間移動してしまうかの行動力と、老若男女を問わず人々の関心を引きこむ表現力、そして目的のためにはたとえ非情と言われようとも厳として動じぬその姿勢は、リーダーとして他に変えがたい存在であることを多くの人々に認識させるものとなった。そして結果は、この地域のみならず日本の各地域においても、予想をはるかに上回る大勝を得ることとなった。有識者やマスコミは、今回の選挙やこれからの国会と政治に対して、さまざまな危惧や臆測を書き連ねているが、近年まれに見る投票率の高さは、小選挙区で67.51%と、これまで行われてきた選挙管理委員会のさまざまなキャンペーンでは果たすことのできなかった展開をみせ、有権者自らの参画意識を引き出したのである。特に若い世代の政治離れの決まり文句である、“誰がやっても同じ”や、“政治家や役人は信用できない”、“私が投票をしたって社会は何も変わらない“といったような無責任な風潮から、今回投票所へと足を向けさせたことには大きな意義があるはずである。やっと国民を民主主義の土俵の上に立たせたとして、評価されるべきではないだろうか。それを引き出した戦略は、万博を大当たりさせた企画構成に匹敵するぐらいに、現代日本人の国民性や嗜好・動静を知りえ、総理自身の人間性を無駄なく最大限に活用し尽くした、大胆かつ緻密なプロジェクトがあったからではないだろうか。

 その日、会場には中高年の熱烈なる支持者だけでなく、小中学生の子どもを連れた親子の姿も見られた。強く印象に残るのは、乳児を抱いた若い母親の姿である。案の定、演説の途中で子どもはむずかり泣き声を上げた。周囲の男達は露骨にいやな顔をし、ボソボソとこんなところに連れてくるなんて非常識だ。早く連れて出ろと言わんばかりの雰囲気であった。これが、少子化を危惧するという日本の浅はかな現状である。彼女が次の子どもを産んだとき、落ち着いた状態で総理の演説が聴けるよう、日本社会の意識の改革と、緻密で大胆な施策が推し進められているよう、はるばる我が街へやってきてくれた総理にお願いするものである。