| 靖国参拝問題と真の日中友好への道 広能達二 |
| そもそも国家が歴史認識を共有することほど困難なことはない。基本的に民族国家である以上自然で素朴なナショナリズムの存在は当たり前であり、なおかつ中国は共産党一党独裁国家であることが歴史認識は云うに及ばず、この靖国問題の解決の前に大きく立ちはだかっている。 現在様々なマスコミ関係者、歴史研究者、政治家等のコメントが連日賑わしく報道されるが、私は少し視点を変えて論ずることにしたい。つまり、靖国神社へ小泉首相が参拝しようがしまいが国内的にはそれほどのインパクトはなく、むしろ、中国(韓国も)政府にとっては政権(共産主義)の浮沈に関わりかねない重大事であることを認識すべきである。 ここがポイントである。私は根本的に基本的に強いて歴史認識を共有出来得る条件としては、中国共産党の崩壊しか有り得ぬと確信している。崩壊した後に構成されるであろう中国新民主政権を東アジアの安定と平和のためにもわが国は支援を惜しんではならず、また自由と民主主義のもと、日、中、韓国で忌憚のない、タブーなき歴史認識論議を喚起すればよい。 現在の共産党独裁支配下での歴史認識論議は中国国内研究者の正しい意見の開陳は望めず、「戦勝国」の一方的な歴史観の押し付けに終始するであろう。ついでながら、共産中国は東京裁判の当事国でもないし、サンフランシスコ条約の参加国でもない。中国政府の反日戦略は米国による東京裁判史観という「正しい歴史観」をそっくり利用しただけである。 中曽根元首相は公式参拝したにもかかわらず中国政府の反発に腰砕けとなり翌年からは中止して禍根を残した。また姑息な「分祀論」は中曽根元首相の持論であるといわれているが、それこそ信教の自由を侵すものであり氏の見識を疑わざるを得まい。靖国の前にも後にも靖国なし、「靖国で会おうぞ、後を頼む」「靖国神社の入口で待ってろよ、必ず後から征くからな」、靖国神社には国難に殉じた幾百万の英霊が眠っているのである。日本民族の魂の原郷でもあるのだ。故に無宗教の慰霊施設建設こそ屋上屋を重ねるであり、国費の浪費であろう。 小泉首相は靖国参拝を断行するべきである。「歴史カード」の悪しき循環を断ち、戦後60年経過した現在、わが国の平和外交を粘り強く展開すべきであり、そして歴史カードは無効、をとくに中国政府には認識させねばならない。 私自身は「中国共産党打倒」運動を模索するつもりである。中国共産党ほど東アジアの平和を脅かす存在はない、との共通認識をとくに保守勢力は持つべきである。そのためにも小泉首相は靖国参拝を粛々と断行すべきであろう。ここで「脅し」に屈するようであれば日本に明日は有り得ないと断言できよう。 |