教育議論から感じたこと―今こそ求められる「品性」―
水平 和江

 「組織は人である」「人づくりなくして国づくりなし」――。教育を議論すれば、必ず人材育成の問題に突き当たる。会社や国家を支えているのが人である以上、複雑・多様化する現代社会に対応した教育が求められている。
 高校生による親殺しなど凶悪犯罪の低年齢化や、学級崩壊のような昔では考えられなかった問題が指摘されるようになって久しい。しかし、そうした原因を作ったのは、紛れもなく大人の側ではなかろうか。

 経済大国となった日本は、いつのまにか「品格」というものを失った気がする。「ありがとう」や「お願いします」の言葉もろくに使えない子ども。相手を思いやる気持ち、モラル、規律を守る心、そういった礼儀作法といえるマナーの欠如がいたるところでみられるようになった。電車の中で化粧をする女の子や、床に座り込む男の子たち。そういう子どもたちを育てた責任は親にある。

 海外では特に、日本人の品性が問われるような気がする。私は仕事柄、世界の主要都市を訪れる機会に恵まれたが、観光客の振る舞いには幻滅させられた。フランスやイタリアの高級ブランド店には、日本の“おばさん”たちが大挙して押しかけ、ディスプレーした商品を勝手に触りまくり、店員の顰蹙を買う場面に何度となく出くわした。ルーブル美術館に行けばモナリザに直行するという具合で、それ以外の有名な作品に見向きもしない。名所では、はしゃぎ回って記念撮影をするだけで、その歴史や文化を理解しようとしない。国際性を論じる以前に、大人としての成熟度が足りないのではないだろうか。品位ある大人が増えない限り、子どもの良き人格は形づくられないのだ。

 子どもは学校で鍛えられる。良い先生との出会いが重要である。毎日新聞のコラムで取り上げられた、よき指導者にめぐり合えた高校生が日本一になったエピソードを紹介したい。
 今年の全国高校サッカー選手権を制した野州高校は、生徒数約400人の滋賀県で一番小さな県立高校だ。サッカー部の山本佳司監督は、「人はプライドで動く」「精神力とはプライド」という方針で指導した。単なるド根性押し付け主義でもなく、生徒たちを「ちょい悪セクシー」で「ほんまにエロいパスを出す」として引っ張った。欠点をあげつらう事もなく、平均値にも興味ない。ただいかに長所を伸ばすか。そんな「セクシーサッカー」は選手たちの心に火をつけたのだ。

 子どもの人材育成は、学校や家庭での影響が計り知れない。未来を担う世代を育成するのは、大人であることを肝に銘じなくてはならない。