題 :戦後60年の教育改革に必要なもの
氏名:松 本  卓 久

■永遠の課題・教育改革
 教育改革は成長する国家にとっては常に必要不可欠な課題です。大東亜戦争後のGHQの命令下で行われた教育改革は戦勝国のアメリカと敗戦国の日本それぞれが様々な思惑を秘めつつ実施されました。そして昨今では改革すべき大きな課題となってしまった「ゆとり教育」も生徒個人を「偏差値という数値で格付けしてしまう非人間的な合理的なシステムに対する反省」から生まれました。教育改革自体は永遠の課題なのだと思います。

■未成熟な大人の存在
 教育改革国民会議を始め各方面から様々な提案がなされ、活発な意見交換が行われています。この傾向はあらゆる方面から教育改善の意見を提示しているという点ではたいへん評価できるものです。しかし殆どの提案に於いて案外軽視されている事柄があります。それは「教師と父兄の存在・役割」であると思われます。実際の教育現場において教育を担うのは教師であり家庭教育を施すのは父兄の存在・責任です。それらの事が多くの議論の中から抜け落ちているように思われます。現在は以前のように教育現場を放棄して組合活動に専念する教師が激減した反面、本来の「教師は聖職である」という意識を備え使命感に燃えた教師も減少したように思われます。これは教育に対する世間の関心が高まると同時に教育現場にまさに「土足で踏み込むような無分別な保護者(=未熟な大人)の関与」が大きく作用しきていると思われます。少子化と父兄の高学歴化により教育現場に関心を抱くのみならず、自らの思想信条や権利を振り回し自己中心的な主張を声高に叫ぶ未成熟な大人の存在とそれに対する意気消沈した教師。こんな状況ではいくら崇高な教育改革を立案し推進しようとしても成果は期待できません。

■ 「なさぬことはならぬものです」という教育
「聖職者としての教師の立場」と「成熟した父兄の立場」。これらが確立されなければ教育改革はまず成功しないと思われます。教職員は研修等である程度の軌道修正や自らの使命感を高める事は可能となるかもしれません。しかし最大の問題は父兄たちの教育に対する心構えでしょう。最近、旧会津藩の「什の掟 」が教育に於いて大切であると引き合いに出されています。子供を教育する場合に最も大切な事はその「掟」の中に述べられている「なさぬことはならぬものです」という言葉です。本当に大切な事は子供に押し付ける事が必要で、子供に論理的な説明は不要だと思われます。まず「物事の基準」という物を子供に教える事ができる事。それが将に「成熟した大人の役割」と言えると思います。そしてこの「成熟した父兄としての自覚」の確立が改革の第一歩だと思います。長年にわたり日本社会と風土が育んできた物事の基準。教育される側にとっては不条理な事かもしれません。しかし物事の基準を明確に教えず「自分で考えましょう」という偽善かつ無責任な教育では問題解決は不可能です。教育改革推進のためには何を変えるのではなく、改革の真の担い手となる、このような聖職者としての教師と成熟した父兄の存在と自覚がまず欠かせないと思います。

1「国家の品格」p.45藤原正彦著 新潮文庫141株式会社新潮社 2005年