| 題 次世代を担う人材の教育で守るべきものと改善すべきもの |
| 「教育のあり方」というのは正解が存在しない永劫の難しいテーマであると感じる。今日のように価値観が多様化し、個々の考え方が尊重される状況は、一見自由な環境が確立されているように思えるが、かえって子供の自己目標設定を困難にし、学習に対するモチベーションを維持できない子供を過去に比して増加させているのではないだろうか。 また、教育基本法は「個人の尊厳」「人格の完成」を謳い、これまでにゆとりの充実や個性を生かすことを掲げた教育が推進されてきたが、この個人尊重の過度な強調も、結果として個人偏重主義となり、自分本位の歪んだ平等意識に基づいた価値観を持つ子供を増加させてしまっているのではないだろうか。有村議員の話にあったように売春に関わる少女達が「自分で決めたことだから・・・他人には迷惑をかけていない」と開き直って強弁する姿は、まさにその最たる例であると思う。今後、教育において課題となるのは、自発性や創造性を発揮でき、加えて他人のあり方にも目を向けることができる個人を育んでいくことであると思う。 戦後教育においては、日本人のナショナリズムを抑制するための措置として、伝統・文化の尊重や宗教教育等の日本人の独自性を形成する要素がGHQにより意図的に排除されている。しかし、自国文化の認識・日本人としての独自性が欠如している状況では、子供達は自らの判断基準を持ちにくく独創性を身に付けることも困難であると考えられる。 今日の国際化・情報化時代に対応した教育を充実させるためには、やはり基盤理念が必要で、今後の教育の改善点としては「自国文化を認識し、自信と誇りを身に付けたうえで他国・他文化を尊重する姿勢を養う」ことが挙げられると思う。そうすることで文部科学省が掲げる「豊かな心の育成」が実現でき、近年顕在化している青少年犯罪の増加や生命倫理に関わる問題も解決していけるのではないだろうか。 我が国は物質的に豊かになり、日本人を「エコノミックアニマル」と揶揄する向きもあったが、近年の社会や産業の発展を支えたのは間違いなく戦後高度成長期の「訓練的な学校教育」であったと思う。画一的な教育に対する批判もあるが、世界的に競争力のある人間を創出することが今後の教育のひとつの目標であるならば、教育において守るべきは国力の基礎を形成するための画一的な訓練的要素であると考えられる。そのうえで創造性を伸ばし、企業家精神を育む教育を付加していくことが大切ではないだろうか。 経済成長が鈍化した今日では、これまでに社会を急激に発展させてきた資源や環境などの諸要素が制約され、量的なものよりも質的な成長が求められるため、これらの問題は次世代を担う人材にも受け継がれ、必然的にその解決に向けて知恵を絞り、多大な時間を費やしていかなくてはならない。 繰り返しになるが、今後の人材教育においては、従来のよき部分である画一的な訓練的要素を守りつつ、自国文化の認識・日本人としての独自性を形成するための「心の教育」としての側面を併せ持つ必要があると思う。 以上 |