| 昭和33年4月 |
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瀬戸市(陶原町)生まれ |
| 昭和57年 |
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陶原小・水無瀬中・千種高校を経て早稲田大学法学部卒業 同年、故・松下幸之助氏の熱い呼びかけに共鳴し、松下政経塾に入塾 在塾中は、地域振興・産業振興政策・運輸行政等を全国各地の現場をめぐって学ぶ |
| 昭和60年 |
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国際ロータリー財団・研究グループ交換メンバーに選ばれ、イタリア派遣 |
| 昭和62年 |
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松下政経塾卒塾、日中青少年交流協会派遣訪中団団長として訪中 |
| 平成元年 |
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ドイツ都市計画調査団を瀬戸市民とともに企画・編成し街づくり事例調査に渡欧。同年、タイ、インド歴訪 |
| 平成3年より |
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瀬戸市議会議員(2期)。この間、総務・環境経済・建設水道各常任委員長、瀬戸市監査委員等をつとめる。
定例議会ごとに壇上質問に立つことを心がけ、また、所属党派を越えた議員の勉強会を組織するなど、市議会の若き旗手として議会の活性化・市政の改革に全力投球 |
| 平成4年 |
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瀬戸JCとワイタケヤJC間の姉妹締結のため、ニュージーランド訪問 |
| 平成8年 |
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瀬戸市と景徳鎮市との友好都市提携に際し、瀬戸市側代表団の一員として参加訪中 |
| 平成11年 |
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市議会を勇退、国政改革を目指しての活動に入る |
| 同年10月 |
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瀬戸市文化センターにて、近郊在住のプロの音楽家仲間による支援コンサート「鈴木じゅんじと音の仲間たち・・・すずかぜの夕べ」開催。2000人を超える方々の参加を得る。 |
| 平成12年1月 |
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自民党愛知県第7選挙区支部長に選任される。 |
| 同年6月 |
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第42回総選挙に、愛知7区より、自民党公認で出馬。83,601票得るも、3,050票差で次点。(惜敗率96.48%、東海ブロック第1位) |
| 同年11月 |
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自民党愛知県衆議院比例区支部長に選任される。(青山丘氏とのコスタリカ方式による、小選挙区と比例区の交互の擁立を再度確認。) |
| 平成13年5月 |
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愛知政治大学院にて、若手政治家のひとりとして講師を務める。 |
| 同年6月 |
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ゲストに、参議院議員・鈴木政ニ氏、同・釜本邦茂氏を招き、瀬戸市民会館にて、「あれから一年、鈴木じゅんじと語る会」を開催。 |
| 同年11月 |
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友好都市提携5周年を期して派遣された、瀬戸市市民代表団の一員として、中国・景徳鎮市再訪。両市の交流の成果をあらためて確認。
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| 平成14年6月 |
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衆議院議員・町村信孝氏をお招きし、7区内の大府市・瀬戸市両市にて、自民党時局後援会開催。 |
| 平成14年10月 |
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郷土を舞台にして撮影された映画「少女」の、地元初上映会を企画・開催。1500席満席の盛況で、ニュースに取り上げられる。 |
| 平成15年9月 |
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自民党衆議院比例区第五支部党員2000名の新規登録達成。 現在2200名(10月10日時点) |
| 平成15年10月 |
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平成14年1月より、連日早朝の街頭活動を続ける(22ヶ月連続)。 |
| 平成15年11月 |
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第43回衆議院選挙にて初当選 現在 衆議院-外務委員会委員、環境委員会委員、自民党-青年局次長ほか |