学長よりのごあいさつ
愛知政治大学院 12月講座
2005年日本国際博覧会協会事務総長
 坂本春生氏 講演
平成13年12月15日

プロフィール
 皆さまこんにちは。杉浦先生がお風邪をめしてハスキーボイスだそうですが、私は、普段でもこういうあまりよくない声をしておりますので、マイクが入った方が聞きやすいと思います。

 本日は、大変にいい機会を与えていただきまして、先生を初め事務局の方に心からお礼申し上げます。ありがとうございます。私もこの会場に入りまして、久しぶりに輝いた瞳と、それから懐かしい雰囲気に出会いました。といって、日ごろ何か暗い世界ばかりにいるわけではないのですけれども、やはり年齢からいって上の方の会合が多いものですから、そういう方は大変慎み深いものですから、好奇心を持ってもあまり好奇心を持ったような顔をされませんし、嬉しくてもあまり嬉しい顔をされませんし、おかしくてもあまり笑いませんので、何となくこう静的な感じがしますけれども、皆様は、入ったときから大変動、動く感じがして、私も話しがいがございます。

 この大学院でお話をしてほしいと言われましたときに、とても嬉しかったです。やっぱり学校で勉強するだけではなくて、いろんな形で勉強するというのは、人生にすごくいいことだと思います。私自身は、大学までスポーツばかりやってましてあまり勉強しなかったので、社会人になってから『大学の時もっと勉強しておけばよかった』とものすごく後悔しました。大学を出たのが22、3歳、私は90まで生きるつもりですから、70年ぐらい後悔し続けなきゃならないですね。こういう後悔の人生はかなわないと。じゃあどうしたらいいかというと、『大学のときに勉強しなかったんだから、これから勉強しよう』と、そう思って、私はいつも勉強しよう、勉強しようとは思っているんです。一生懸命そう思ってますと、大変前向きに、『しようしよう』というのと、『しなくてだめだった、だめだった』というのでは、プラスマイナスで大変な違いですね。そういう意味で、私も、苦手かもしれませんけれども、今でも勉強しようと思っております。

 愛知万博、日本国際博覧会にまいりましたのも、私は二十数年官庁におりまして、それから最後、北海道の通産局におりまして、地方も知りまして、そして10年間、西友というスーパーマーケットと西武百貨店におりましたものですから、もうすっかり民間の気持ちです。ですから、ここへ来てもお役所の悪口ばっかり言っているんですけれども。この間、ある協会員の人が私のところに来まして、あんまり頭の固い説明をするので、「あなた、そんなお役人みたいなことを言わないでよ」と言いましたら、「私、役所から出向している役人です」と言われたんですね。『ああ、悪いこと言ったなあ』と思うんですけれども。やっぱり民間と官庁とは考え方が違うものですから、そういう意味では、いろんなことを経験して、これも勉強ですし、今、こうやって博覧会へ来て、もう大変な混成部隊、 150人いますけれども、何十という機関からみんな集まってますから、全部文化が違います。そういう中で仕事をさせてもらって、そして期限を切って何かをつくり上げる。これもまた大変いい勉強だと思ってやっております。きょうは、そういうことを皆様にお話できるというので、大変嬉しく思っております。

 その前に、一つだけ皆様にもぜひお願いしたいことがあるのですが、私、きょうは緑色の洋服を着ていますし、このパンフレットも緑色でございます。それから、杉浦副大臣が付けていただいてますバッチも緑色でございます。実は2005年の3月25日から9月25日まで万博があるんです。ですから、毎月25日を万博の日にしようということで、中部経済産業局が発案してくださいまして、25日にはいろんな万博を思い出すようなことをしよう。もちろん私どもは毎日毎日万博のことをしているのですが、皆様はそうじゃないですね。だけどせめて1日だけはそれを心に掛けようということで、商店街が垂れ幕を下げてくださったり、上りを立ててくださったり、それから例えばJRの新幹線なんかの電光掲示板に愛知万博の文字を流してくださったりしているのですが、個人は何ができるだろうかということになりますと、なかなか1日だけできることはありません。そのときに、この万博カラーを身につけようというのが始まりまして、緑の何かをつけよう。私はもう常に大勢の前に立つときは緑色の服を着て立っているのですけれども、きょうは女性がいて大変嬉しいのですが、わりにお年を召した男性ですと、私がいつも緑を着ていますと、「あなたはいつも緑の服を着てますね」とおっしゃるのですけれど、そのとき言外に「あなたはいつも同じ服を着てますね」と、そういうふうですね。でも、私は緑の服を何着もデザインを変えて持っていますので、女性だと分かってくださいますね、きょうは襟がどうだとか。男性はもう緑の服っていったらもう1着だと思ってらっしゃる。もうすごい悔しい思いをしていつも「違います」と言うんですけれどね。私は去年の10月に来ましたけれど、今日はちょっと特別ですが、月曜日から金曜日までこちらで仕事をしてますけれど、マンションをしつらえるときにも、意地になりまして、カーテンからクッションから、電気スタンドから、お座布団カバーから、何もかも全部緑にしておりますので、そのうち顔が真っ青になるかもしれませんが。まあそうならないようにしようと思っております。

 何を言いたいかといいますと、きょうはこの緑を覚えていただいて、何を言ったか忘れられても、何か緑の人が舞台に立っていたということで、男性向けには最近、緑のネクタイをつくって売り出しました。1本3,500 円です。それからタイピンが1,500 円です。それから、松坂屋さんがポケットチーフを売り出していらっしゃいますし、その他ご自分で持ってらっしゃるものでもいいと思います。女性は、アクセサリーがたくさんありますから、何でもできると思います。バッチプラスもう一つ緑、これを25日にお願いできれば、町で会ったときに、「あっ、何か万博のことを考えてらっしゃる方だな」とお互いにわかるのではないか、こんなふうに思います。

 前置きが長くなりましたけれど、きょうは皆様にこのパンフレットでお話をしようと思います。本来、万博の話をあんまり観念的なこととか理念とか言いますと、大体、聴衆の方は居眠りを始めちゃうんですね。もっと具体的な、どんな出し物を出しますとか、そういう話になると、皆様わりに関心を持ってくださるんです。でも、きょうは、皆様方は大変に物を考える習慣がついてらっしゃる方のようですし、それからいろんな理念を学ぼうという方々のようですので、きょうは私はいつもと違って、少し理念についても話した上で、万博についてお話しさせていただきたいと思います。

 では、早速ですが、このパンフレットを開いていただきまして、愛知万博、いつ開かれるかということをご存じない方がいらっしゃると困りますので、さっき申し上げましたように、この一番後ろを見てください。これはサービス精神がないですね。緑に黒というのは一番見にくい色なんですけれども。このごろのやり方というのは、見にくいからみんな一生懸命こうやって見るからよく見るという逆説もあるんですけれど、あまりサービス精神がなくてすみません。

 名称は「2005年日本国際博覧会」、略称「愛知万博」。外国では「EXPO 2005 AICHI 」というので通っております。ただし、これにつきましては、今までは国際博覧会の話が地元だけでしたから、「愛知万博」という略称でよかったんですけれど、だんだん全国版になってきました。この間、東京で在日外交団、要するに日本にいる外国の大使ですね、そういう方たちを 100人以上集めて会合をしたところに小泉総理がおいでになってご挨拶いただいたのですが、そういうことから始まって、杉浦先生もいらっしゃる外務省でも、局長以下全部万博の話をされるとか、だんだんそうなってきますと、「愛知万博」ということでちょっと東京の人はローカルだと感じる方もおられるんですね。世界はみんな「ハノーバー万博」とか、都市の名前をつけているんですが、「愛知」というのは都市の名前じゃないんですね。ですから例えば「名古屋」だったらちょっといいかもしれないけれども、「愛知」ではちょっと何か馴染みにくいなということがあって、愛知県以外の方は、もうちょっと別の呼び名があってもいいなというようなこともよくおっしゃいます。私どもは、小泉総理からもこの間そういうことを言われて、「愛知というだけでいいの?」とか、それから「愛知万博とか言われても何となく名前はあるけど中身がわからない。もう少し何かコンセプトが入るような名前がないだろうか」というようなことを言われて、これからあちこちに広めていかなきゃいけませんので、やっぱり名前が皆様にすっと入ることが大事なんですね。ですから、「愛知万博」はもちろん「愛知万博」です。ですけど、この他に、どんな万博かなというのが名前を聞いてある程度想像できるような名前もあってもいいというようなことで、プロデューサーにお願いして別の呼び名も考えていただこうと。ですから、「2005年日本国際博覧会」という呼び名があって、これは正式ですが、その他「愛知万博」があってもいいし、それから外国へ行けば「EXPO 2005 AICHI 」というのがあってもいいし、それから「EXPO 2005 AICHI JAPAN 」というのがあってもいいし、それから今言いましたようにニックネームみたいなのがあってもいいということで、私どもはなるべく皆様の心に染みるような名前を考えたいと思っております。(*注)
それから、6番に目標入場者数 1,500万人と書いてあります。大体6か月で 1,500万人の方を集めたいなと思っております。あとは、これについてもう簡単にお話をしようと思います。

 「愛知万博のテーマ」と書いてありますが、「自然の叡智」、「Nature's Wisdom 」この「叡」という字は、読める方は少ないし書ける方はもっと少ないですよね。先人が大変難しい名前をつけてくださったので、私も困ったなあと思ってますけれども、一度ついた名前です。大変いい哲学的な言葉です、「Nature's Wisdom 」、非常に志高い知恵のことを「叡智」と言うわけでございます。ですから、これをテーマにしております。

 これも大変難しいことがいっぱい書いてあるんです。ここには簡単に書いてありますが、一言で言うと、20世紀は人間の英知、「人間、この素晴らしきもの、人間というのは何でもできる」、といって大変誇り高く人間が謳歌した時代が20世紀でございます。すべて技術が解決できる。われわれはどんなものでも求められるということで、万博もそういうことを誇る万博が非常に多うございました。それから、わが国はここまでできたというようなことですね、国威を誇るようなことが多かったわけです。ところが、それで世紀末に何が起こったかといいますと、まず環境問題が起こりました。CO2 が増え過ぎて温暖化が起こるとか、それからさまざまな病気が起こる。特に狂牛病とかエイズとか、ああいうものは、狂牛病はなぜ起こったかというと、牛というのは草を食べて植物を食べて生活する生態系にあったわけです。それを、共食いみたいなことです、自分の骨をまた骨粉にして食べるというようなことをしてしまったために、ああいうおかしなことが起こったわけです。これは「自然の叡智」に背いたんですね。それから、例えばエイズというのもそうだと思いますし、そういう自然の大きな生態系とか知恵というのがあるんですね。その大きな中に人類というのは、地球というのがポッと小さくあって、それからまたその地球の中にまたポッとちっちゃく人間がいるんです。その人間がわがもの顔で全部やった挙げ句、そういう大変なことが起こったということでございます。したがって、21世紀、「自然の叡智」というのをテーマにするということは、人間は自然の中の一部である。それから自然は素晴らしい知恵を持っている。自然というのは素晴らしいものである。それを認識した上で私たちもまたその中で素晴らしく生きようというふうに思える立場が、「自然の叡智」というテーマを生んでいるわけです。

 ですから、何も自然に一切手をつけちゃいけないと言ってません。この間、アルピニストの野口 健さんと中日新聞で対談しましたが、よく自然保護派というのは、自然をそのままにして一切人間が自然に入ってはいけないと、自然と人間を遮断することが自然保護だと思っているけれど、とんでもないと、自然と人間が調和してやっていくことが本当の自然保護だということを言ってらっしゃいました。それから、中村佳子さんという生命科学の方は、「自然というとみんな日本人は何を思い出しますか。例えば田園風景、田んぼなんか思い出すでしょう。だけど、田んぼほど人の手が入っているものはないんですよ。あの素晴らしい黄金色の実りのために、人手がどれだけ入っているでしょうか。だから、自然というのは、人間の手を加えてこそ生きていく。そういう意味で、自然と人間を隔離することが『自然の叡智』ではなくて、自然と人間、自然とそれから人工の物の間に人間が適度に、じょうずに入っていく、これが一番本当の自然保護であり、『自然の叡智』を守ることなんです」と、こういうふうにおっしゃってらっしゃいました。それがこの「自然の叡智」なんですね。ですから、自然の素晴らしいところをよくわかった上で、人間の素晴らしさを発揮していく。環境問題というのは、狭い問題だけではありません。宇宙開発も何もかも、生命科学も全部「自然の叡智」に入っています。

 そして、そのサブテーマが三つありまして、その一つは「宇宙、生命と情報」、これも一つの大変重要な「自然の叡智」の中の問題です。それから2番目が「人生の“わざ”と智恵」、これも自然の中の一部としての人間がいかに自然とともに相暮らして文化をつくってきたか、それからこの中に自分たちの知恵をどうやって育んできたか、これもやっぱり「自然の叡智」の中の大きなテーマです。それから「循環型社会」、これからは自然の中で人工的なものと自然とうまく調和させていくときの一つの大きな手段として、循環型社会というのがあります。要するに、ぐるぐる回していくと。自然をどんどん壊していくのではなくて、回していく。自然に返し、ないしは一度壊した自然は壊さないようにそれを社会の中で回していく、こういう循環型社会と、こういうふうな三つのテーマがございます。

 これだけ見ますと、大変難しいことだなあ、万博なんておもしろいんだろうかというふうになります。決してそうではありません。万博というのは、要素が私は五つあると思います。そこには書いてありません。これは私の私見ですけれども、書くほど大したことじゃないから書いてないんですけれども、万博というのは五つの要素がないとおもしろくないですね。

 どういう要素かというと、1番目は、サービス業のような要素、おもてなしの気持ちです。いらした方にいかにウエルカム、「よくおいでくださいました。もう思い切り楽しませます」という、そういうサービス業の要素・ウエルカム、もてなしの心・ホスピタリティー、これがない万博はもう玄関口でみんな帰っちゃいます。ですから、おもしろさ、ホスピタリティーというのは、万博に欠くことができません。

 それからもう一つ万博に欠くことができないのは、非日常です。非日常というのは何かというと、皆様方日常生活してらっしゃいますね。ところが、旅行に出るときに、自分の家と同じ環境のところへ行こうと思う方はおられますか。自分の家と同じホテルに泊まりたいと思う方は多分いらっしゃらないと思うのですね。やっぱり日常の生活と違ったところへ行ってみたい。違った感じのホテルに行ってみたい。たまにはうんと豪華、それからたまにはほんとに自然の中の静かな素朴な丸太小屋とか、そういう非日常を求めて出掛ける、これが旅行の典型ですね。ですから、2番目は旅行業の要素。万博の会場に来たら、非日常、自分の日常から離れて、『ああ、こういう世界があったんだ、こんなこと知らなかった。こんな体験ができた』という非日常の要素、これが二つ目です。

 それから三つ目は、祭り興行の要素。これだけ情報機器が発達して、どうしてわざわざ入場料を払って、遠くから電車賃をかけてあの万博会場へ行って混んだところをぞろぞろ歩くかということですけれども、これはもうインターネットで全部済むとか、テレビを見てればいいとか、新聞を読んでればいいというんなら、万博なんかもう要らないんです。ところが、情報機器が発達すればするほど、やっぱり人は肌ふれあい、群がってわっしょいわっしょいという気分を持ちたいというのが本能的にあります。ですから、日常生活がオンラインになったり、情報機器に頼れば頼るほど、人と人との温もりを暖めたいという気持ちが出るんです。まだ日本は中途半端ですから、むしろ人の温かさを切り捨てて、情報機器とか情報ルーツに走ってますけれど、これが徹底して『こんなもの道具だよ』と思えるようになったら、やっぱり人間同士のふれあいというのに戻ってくるんですね。そういう意味で、お祭り、祭り興行の要素。わっしょいわっしょいという要素、この要素がなければ万博は成り立ちません。

 それから四つ目は、そうはいっても、じゃあディズニーランドとかユニバーサルスタジオとどこが違うのかということですが、やはり万博は公のお金も使っています。外国からも 100か国以上参加してくるでしょう。そういうところで何があるかといったら、やっぱり文化的な香り、さまざまな世界の異なった文化を知れる、芸術作品にも触れられる、それから人間の日常のいろんな知恵の中から生まれたアートにも触れられる、それから何らかのライフスタイルが出てくる、そういう文化の香りというのがなきゃいけません。これは文化産業的な要素です。それが四つ目です。

 それから五つ目、さはさりながら、知的好奇心を満足させない万博というのはあり得ないと思います。そういう意味では、教育産業の要素。何か学べるということですね。例えば、かつて大阪万博、皆様は生まれてなかったかもしれませんが、あのときに月の石というのが大変目玉だったんですが、実はちっちゃいものだったらしくて、月の石を見に行って月の石を見た人というのはすごく少ないらしいんですね。もう人の頭ばかりで何も見えなかったんだけれど、人々は大阪万博というと、大阪万博の象徴のごとく、まるで見たがのごとく月の石と言うんです。でも、大阪万博は決して月の石で賑わったんじゃないんですね。あのころは成長過程で、発展過程で、外国なんか行った人がいないところへ、外国から出展があったりして賑わったんですが、月ということがもうものすごい好奇心、それから先端的だった。だから、月の石が象徴的に残っているわけです。ですから、やっぱりそういう未来の世界とか、未知の世界とか、そういうものに対する好奇心を満足させてくれるのが万博だと思います。そういう意味では、教育産業。それも黒板に書いて本で読んで教えてくれるのではなくて、目で見て体験できてそういう好奇心が満足できる、これがやっぱり万博の重要な要素だと思うのです。
 だから、おもてなしのサービス産業、それから非日常の旅行業、それからわっしょいわっしょいのお祭り興行、そして文化の香り高い文化産業、そして知的好奇心を満たす教育産業、これを兼ね備えてないと、万博というのは来ていただいても満足できない。特に若い方は「なんだつまんない」というふうに思われると思うのですね。

 ですからそういう意味で、これから私たちが万博をつくるときは、「自然の叡智」というのはもちろんテーマですから、つくっていくときに縦糸になっていく。常に「自然の叡智」というのを考えて展示でも催事でもしていこうというふうになるのですが、じゃあ会場づくりをするときは、何が必要かというと、異文化が交流し、それから日常と非日常がそこで交流し、それから外国と日本が交流し、それから人と人とが肌ふれあって交流し、知恵の交流も含めて地球大交流、いろんな交流がその場所で起こる、これを横糸にしていきたい。この「交流」が万博に来なければ味わえないんです。ディズニーランドに行っておもしろいものを見て、それはおもしろいですけれど、それは、向こうが楽しませてくれようとして自分が受けるおもしろさです。だけど、万博の会場では、もっと主体的に、自分がいろんなものに働き掛けられる、もっと自分がそこで考えることができる。それから帰るときに何か未来に残ると、そういうような大交流をそこでしたいというふうに考えています。

 ですから、「自然の叡智」というちょっと難しいことは縦糸にずっと流していますけれど、万博会場に行ったら「大交流」。いろんな大交流があってもいいと思うんですね。

 だから、私はいつも言うのですけれども、若い方がぷらっと一人で来ていただいて、でもやっぱりそこは一人で見るよりはグループで見た方がいいですね、それから誰かと見た方がいい。そうすると、最初に朝来られたら、出会いのところがあって、そこで「あなたきょう一緒に回らない? 回りましょうよ」と言ってそこで1日万博友だちになって一緒
に回るというのがあってもいいと思うんですよね。そういう出会いがあってもいい。

 それからシニア、私はあまり高齢というのは好きじゃないんですけれど、年齢で言われると不愉快なんですけれども、私は年は自然年齢じゃないと、これも若干負け惜しみですけれど、やっばり自分が50歳を何年生きよう、50歳を10年しか生きられないことないんです。自分の頭が好奇心に満ちていて、ハートがどきどきできて、体が柔軟であれば、50歳を15年か20年自分の努力で生きられるんですよね。だから、あまり年齢で言うのは好きじゃないんです。

 これは脱線しますけれども、特にもうそうですね、二十の方と30の方は見たらわかるかもしれませんけれども、例えば50、60、どのくらいでしょうね、例えば60と70というのは、見ただけじゃわからないんですね。私の主人が小学校の同窓会に出たという写真を見せてくれたんです。ぱっと見ましたら、「あっ先生この人でしょう」と言ったら、「それは生徒だよ」と言うんですね。先生はその中でかなり若い方の方なんですね。というのは、よく考えてみると、小学校6年生のときに先生と生徒って一体幾つ違いますか?、大学を出たての先生は22、3歳ですよね。小学校の6年生は12歳ぐらい。そうすると10歳しか違わないんですよ。大人になって生徒が60歳、先生が70歳になって写真に写ったら、70歳の方が若々しい、目が輝いているということがあり得るわけです。

 話が横道にそれましたけれども、そういう若々しいシニアの方がきっと万博にたくさん来られるんですね。というのは、今、一番お金があって時間があるのはこの世代ですから。そうすると、そういう世代の方が来たときに、例えば何が魅力だろうか。その方たちは大交流もいいと思います。あっちこっち歩くのもいいけれど、むしろそういうことより、一つか二つ見たら、あとはここで同窓会をしようじゃないか。しょっちゅう同窓会をみんなやってます。もう今、60ぐらいを過ぎると、リタイヤして奥様とかご主人と一緒に同窓会に出てきたり、旅行したりしてるんですね。そういうのを万博同窓会をしたら、これはものすごくうれるんじゃないか。万博を見て、その夜同窓会をするというのもいいんじゃないか。それから、金婚式とか銀婚式、ちょっと照れくさいですけど、万博金婚式、万博銀婚式なんて、2人だけで杯を交わして、ちょっとごちそうを食べて、ちょっと素敵な衣装を着て写真を撮って、それもいいなとか、そういうちっちゃい再会とか出会いから、大きな外国との出会い、宇宙との出会い、こういうことが万博の会場でできたら素晴らしいなと思っています。そしてみんなで一緒に未来の地球のあり方、未来の自分たちの生き方、そんなものが考え合わせられたらいいなと思っています。

 ここに会場が書いてありますが、皆様は子どものころ、青少年公園にお母さまお父さまに連れられて行かれた方もおありになると思いますが、大きい方が青少年公園会場です。小さい方が海上地区会場です。さっき杉浦先生がおっしゃいましたけれども、万博は最初は海上の森というところで 540平米森を使ってしましょう。ですけどそのときに、森をどうやって使うかというと、そこを切り開いて、将来住宅を建てましょう。その住宅を建てる前にそこで博覧会をしましょうという計画だったのですが、私はいないときですからわかりませんけれど、それはどうもよくないということで、住宅の計画がつぶれました。したがって、万博をそこでやることもできなくなりました。その後、オオタカが出たりして、オオタカの巣があるところはまたこれだめですというようなことで、万博が「流れ流れて何とか」という流行歌がありますけれども、流れ流れて、海上地区にあったものが、海上の地区はほんのちっちゃくなりまして、今、この青少年公園会場に移ってきております。これは大変今までの万博にないことなんですね。これだけ流れ流れたり、いろんなハプニングが起こったり、場所を変えたりすることはないことです。

 だけど、これが21世紀の特徴なんです。20世紀までは、何でも決めたら画一的に、もう賛成と言ったらだだだっと走れたんです。ところが21世紀、非常に日本が成熟してきますと、「ここがいい」と言う人と、「ここはだめだ」と言う人と、いっぱい出てきたんですね。「海上の地区で住宅を造ることが未来にとっていい」と言う人と、「海上で住宅を造るなんでとんでもない」と言う人とが両方出てきちゃって、画一化できなくなる。ですから、一筋縄ではいかない。必ず何かしようと思うと違うことを言う人が出てくる。私が「おもしろい」と言うと「おもしろくない」と言う人が出てくる。これが21世紀の社会なんです。
 ですから、これから私たちが物を考えていこうというときは、全員が賛成するなんていうことはあり得ないです。みんなの意見を聞いて、どうやって意見を交換して、そこでどこかいい調和を選んでいくか、これがこれからの、政治もそうですし、博覧会もそうですし、いろんな組織のあり方になってくると思います。ですから、もういろんな考えがある。万博運営も多様性です。会場が3回も変わるんですね。ですから、多様性の典型みたいな万博です。

 それから今度は、この青少年公園会場を見ていただきますと、私は足の裏なんて思ったんですけれど、この間杉浦先生のご紹介で外務省でお話して、私が「足の裏」なんて無粋なことを言いましたら、田中真紀子さんが「ひさごのような形」とおっしゃいました。ひさごってご存じですか? ひょうたんですね。その方がずっと文学的で優雅な表現で、田中真紀子さんも優雅な表現をされるんですよね。いいところは見習わなきゃいけません。私は非常に彼女の優雅な部分を印象づけられて、それから「ひさごのような」と言うことにしておりますが、これは何かというと、「グローバル・ループ」と書いてあります。これは、幅25メートルぐらいの広場といいましょうか、要するに道なんです。道と言うと何か細い道を思い出しますけれど、高速道路よりはるかに広い、ぞろぞろ、ぞろぞろ博覧会で歩くところです。それがこういう形をしていて、なぜこういう形をしているかというと、会場の地区というのは、公園なんですけれども、皆様ご存じの方が多いと思いますが、池がいっぱいあります。そこには稀少動物がすんでいます。私もここへきて覚えました。イヌイタヌキモとか、それからホトケドジョウとか、知らないような名前がいっぱいここにはあるんです。どこにもあるんでしょうけれども、博覧会をやるとなったら急にそういうのが有名になってきまして、皆さんが言い出すものですから、博覧会をやらない前まではいなかったわけじゃないんですよ、いたんですけど誰も言わなかった。博覧会で使うとなったら、急にそういう名前が出てきたんですが。まあそれはともかくとして、池にいろんなものがありますから、池は会場として避けねばならない。それから、稀少植物がいるところも避けなければいけない。それから、でこぼこしているところを真っ平らに削るというのも、これも困る。というようなことで、非常に環境マインドをもって考えますと、会場づくりが難しいんです。私はそれは悪いことじゃなくて、なるべく環境を破壊しない。それからせっかく自然のいい公園ですから、真っ平らにしないで起伏もいいんじゃないかと。それから平地の方は、かなり自然体感エリアであるとか書いてありますけれども、かなり木なんかはえてまして、あまり開発できない。ですから、これだけ広いんですけれど、 150ヘクタールあるんですけれども、使えるのは西側なんです。そうすると今度は歩いてくる方はお年寄りがいらしたり、身障者がいらしたり、私のところにも身障者の団体がいらっしゃいまして、身障者にはねたきりの老人とか、歩くのが不自由な老人も含めて彼らは身障者と言ってらっしゃいますが、日本中の身障者の何割かを万博に来させようという運動で来てらっしゃいます。そういう方たちが歩くのには、やっぱり起伏が豊かなんて言ってられないですね。そうすると真っ平ら、それこそ歩くのは平らでなきゃ困る。だけど会場は平らにできない。それで出てきたのがこの空中回廊といいますか、要するに、高いところには道が接しているんです。低いところへ来ると、橋の足みたいなもの、高速道路の足のような、あんな無粋じゃないですけど、下から足をあげて宙に浮かすという形で、でこぼこなところを真っ直ぐ歩くという知恵がこのループなんです。このループも私は実は、丸い万博を開きたかったですから丸くしたかったんです。これひねくれてるわけじゃないんです。さっき言いましたようにいろいろ避けたんです。池も避け、自然のいいところも避け、そうするとこんなちょっとひさごのような形になってしまうわけです。「これは何の形?」と言われたら私は「自然を愛する形です」と、そういうふうに答えるようにしているんですけれどね。そういうようなことで、こういう空中回廊のようなところを通って歩いていただく。

 それから、紫の「グローバル・コモン」というのがありますけれども、これは、外国から出てきた方が入っていただくパビリオンです。大体20世紀の博覧会というのは、非常に巨大なパビリオン、巨大な展示館が売り物なんです。ハノーバーでも、日本が紙と木の家というので紙と木だけで造ったパビリオン、ものすごく巨大なパビリオンを出しました。素晴らしいんですが、中へ入るとほとんど何もない。堺屋さんが去年の前半、私どもの最高顧問をしてらしたんですけれども、堺屋さんに聞きましたら、「あれはお金を全部パビリオンに使い果たしちゃって、中の展示ができなかったんです」と、ちょっと皮肉っぽくおっしゃってましたけれど、その言葉に象徴されるように、パビリオンを造って、パビリオンに魅せられて並んで入ったらそれほどでもないというのが多いです。今回は、この外国のパビリオンは、日本政府が持たなければいけない。ということは、私たちが持たなければいけません。協会が提供する、無料で貸すことになっています。ですから、そんなすごいのを、ドイツにはこんなすごいもの、フランスにはこんなのってできないですよね。ちょっとアパートというか、ショッピングセンターみたいな形になりますので、真四角な中に蚕さんみたいに入れるのもつまらないということで、外国パビリオンを六つに分けておきまして、それぞれのパビリオンを特徴を持たせて競わすようなふうにしようかなと。パビリオンの中に祭りの広場を設けて、いろんな違うお祭りが外国館でできるというようなことも考えています。もっと言えば、このループの周りに紫色がついてますから、ループを一周り2.5キロなんです。2.5キロで「世界よこんにちは」ということで、2.5キロ歩いていただくと一応外国館を全部のぞけると、こんなことを今、考えております。ただし、もちろん地上にも催事場もありますし、それから民間展示ゾーンもありますし、それから政府や愛知県の出展ゾーンもあります。そういうものを含めてこれから万博をつくっていこうというふうに思っている次第でございます。
 それで、ここに参加してくださる方なんですけれども、今までは、万博というと、もちろん外国からたくさんの参加があります。外国の政府が参加します。それから日本の政府、それから開催した地元が出します。その他に企業が大変たくさん出すのが日本の特徴なんですが、今回は、その外国と日本政府、それから愛知県とかそういういわゆる公と外国と、それから企業の他に、市民の参加というのを大変大きな要素としております。21世紀は多様な時代と申しましたけれど、20世紀までは政府か企業が何かやればよかった。でも今は、多様な市民、一人一人違う市民が、「私はこういうことをやりたい」、「私はこういうことをやりたい」と、非常に多様な市民がいますので、そういう方たちにいろんなことをやっていただくということが非常に重要です。

 20世紀までは、何が幸せかというと、前半は物がたくさんあることが幸せで、それから20世紀後半は、いいもの、質のいいものがたくさんあるというのが幸せでした。だけど、多分、今皆様の年代で、いいものはたくさんあっても幸せじゃないと思います。当たり前だと。何が幸せかというと、いいものがくたさんあって、自分が選べる選択肢がどのくらいあるか、どうやって自分が自由に選べるかというのがないと、皆さんは幸せじゃないと思うんですね。それは大変に難しいことなんですけれども、今は、選択の豊かさというのが一番豊かです。

 例えば今、失業がたくさん出ています。失業すれば不幸せだとみんな思ってますけれども、戦後、第2次世界大戦後、皆さんは遠い歴史の知識だと思いますが、そういうところで失業というと、何をしても、どんなことをやっても就職できない。何か職があるというのがもう『よかった』と思うんです。ところが今、みんな失業して不幸せだとおっしゃってますけれど、職は何でもいいとは思ってないと思います。自分はこういうことがしたい。この程度の収入が欲しい。それで選択肢がどのくらいあるか。で、選択肢が二つか三つしかないと就職難とおっしゃると思うんです。それは昔の人から見たら何と贅沢なと言いますけれど、今の方から見れば当たり前なんです。自分のしたい職業で、自分の欲しい収入がなければ就職はないんです。これは選択肢の問題です。

 それから、結婚相手でもそうですけど、昔はお見合いで結婚したとします。そうするとその人がどんなに素晴らしくても、今の人は、お見合いで「はい、あなたこの人よ、決めなさい。あしたから夫婦です」なんて言われたら、多分、不幸せですよね。だけど、それじゃ選択肢をダーッとある中から自由に選びました。選んだ結果は、最初押しつけられた人と同じような人であったと、でもやっぱりたくさんの選択肢の中から選んだ、自分が選んだというのが幸せなんですね。

 今はそういう、選ぶという幸せがないと、皆さん幸せとは思わないんですね。だから、何でも選べるということが必要でして、そういう意味では、市民が参加する。企業がやったからいいというものじゃない。まして政府がやればいいというものじゃない。自分たちがやりたい。これが今度の新しい21世紀。

 これは政治もそうだと思います。私、まだ政治が古いと思いますのは、日本の政治は、例えばお金をあげれば庶民は喜ぶとか、何か量があればいいとか、画一的な保育園でも造ればいいとか、もうそういう問題じゃないんですね。自分の生活に合わない保育園が幾らあっても、そんなもの保育園を政治が造ってくれた、行政が造ってくれたなんて全然思わない。自分の生活パターンに合って預けやすい保育園が選べて初めて『ああ、いい保育行政だ』と思うのですね。ですから、何かこう、与えればそれでいいというのは、供給者の論理で、もらう方がいかに満足するかということを考えて、行政でも政治でもしなければいけない。博覧会でもそうなんですね。ですから、「何かいいものを、立派なものを上げるからあなた満足しなさい」と言っても、これはもう全くだめなんです。今、消費市場は湿っているといいますけれど、消費者は、いろんな選択をしております。

 何を言いたいかというと、市民が参加するというのは新しい形でございまして、そういういろんな参加というのが、これからの新しい万博をつくっていくのではないかというふうに思っています。

 ですから、例えば皆様方も万博に参加したいというときに、多様な参加の方法があります。例えば、市民グループで何か出展していただくのもよし、それから気心の知れたグループで、例えば音楽とかそういうので催事場へ出てきていただくこともありましょうし、それからボランティア活動をしていただくこともできますし、それから目の厳しい来場者として、「こんなひどい展示はだめ、早くやめて違う展示をしなさい」といって協会へ抗議を申し込んでくださるのも一つの重要な参加の方法です。いい展示があれば、そこをみんながほめてくださる。それも一つの評価するという参加の方法です。

 こういうようなことで、ぜひいろんな形で関わっていただきたい。21世紀の生き方というのは、受け身じゃなくて関わるということと、それから何かをつくり上げていく、どういう形かに主体的につくり上げていく、そういうことが大変重要だと思います。

 きょうは、時間を45分いただいておりますが、また後で質疑応答があるようですので、少し予定よりも早く切り上げて40分で一応終わろうと思います。後でいろんなご批判、またご意見をちょうだいしたら嬉しいと思います。どうもありがとうございました。
(拍手)
*(注)その後、「愛・地球博」(Exposition of Global Harmony)という愛称が決定し、発表されました。