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本日は、愛知政治大学院にお招きをいただきまして誠にありがとうございます。 本日の司会役の天野陽介君は、私の勤務しております埼玉県の駿河台大学の今年3月の卒業生でございまして、卒業式の後のパーティのときに、「先生、ぜひ愛知政治大学院に講義に来てください」、こういう依頼を彼から受けました。そのとき私は「非自民連立政権であって、自民党は引きずり回された、自民党と戦っていた内閣の総理秘書官、そういう人を自民党の政治大学院に呼んでいいのかね」と天野君に尋ねたわけですが、「いや、大丈夫です」と。その後、実際に依頼がありまして、もう一度尋ねましたら、「いや杉浦会長も了承されている話ですから」と、こういうことでございますので、本日お伺いをさせていただきました。 さすがに自民党は懐が深いところがございますので、私もせっかくのお招きでございますから、お伺いをさせていただきまして、そのかわり、私の思っていることを率直にお話をさせていただいて、皆さんと、質疑の時間もあるようですから、議論をさせていただきたい、こういうふうに思っております。
先日、私は、松下政経塾に呼ばれまして、やはり話をしたのですが、あそこは10人足らずの小規模ですが、雰囲気は大変似ております。特にあそこは政治家志望の人が多いのですが、講義をする前に、「皆さん大変熱心なので、質問責めにあいますから、話す内容は短めにして、ぜひ質問に答えてください」という注意がございまして、それに従って少し短めに話をしまして、その後質疑応答になりますと、確かに大変熱心な質問が次から次から出まして、私も大変充実した一時を過ごしてまいりました。本日も、恐らくそういう雰囲気ではないかという気がいたしますので、私の話は40分間ということになっておりますが、できればもう少し短めに終わらせて、ただ、私の話はどうしても長引くものですから、それでもオーバーすることがないようにしまして、その後、皆さんから自由にご質問をお受けしたいと思っております。
それでは、本日の演題は「日本の現状と国会改革」ということでございまして、今の国会の問題につきまして私の思っているところを少しお話をいたしまして、国会をどういうふうに変えていったらよいかということについて、私の個人的な考えをお話をさせていただきたいと思います。 現在、ご承知のとおり第154回通常国会でございまして、6月19日までの会期でございまして、四大法案というものが一番大きな課題になっているわけでございます。今日の新聞にも出ておりますが、昨日、総理が、山崎幹事長、青木参院幹事長を官邸に呼ばれて、法案の仕上げについて打合せをしたようでございまして、有事法制はどうも今国会の成立はあきらめる。その前には個人情報保護法案も、ちょっと見込みがないということで、郵政関連法案とそれから医療保険改革、この二つを仕上げるという方針のようでございまして、そのために会期の延長を、小泉総理で言うと大幅延長、40日程度というふうに考えられているという指示をしたようでございます。ただ、会期延長については、ご承知のとおり、その後の内閣改造との絡みで、むしろ小幅な延長にすべきだとか、そういう綱引きが行われているというのは、ご承知のとおりでありまして、どういうことになるのかということは、今後の推移を見守っていきたいということです。 それにしましても、非常に今国会は難渋しておりますね。昨年の151回通常国会でございますが、森内閣でございまして、森さんの失言問題等でずいぶんゴタゴタいたしましたが、しかし、実は昨年の通常国会は、予算案は史上最速で成立をしています。その後、小泉内閣になりまして、これは勢いのある内閣でございまして、野党第一党の民主党の方もどういう距離感をとっていいのか分からないということで、スタンスがはっきりしなくて、全く小泉内閣ペースでいったわけです。秋の臨時国会の方は、ご承知のとおり、テロ対策ということで、これも一方的に小泉さんのペースでいったわけです。それに比べますと、今年の通常国会はずいぶんもたついています。いろんなことがありまして、政治とカネをめぐる問題だとかもありましたし、最近では、福田官房長官の非核三原則をめぐる失言とか、防衛庁の個人リストの問題とか、いろいろ出てきておりますが、あれほど昨年は順調に与党ペースで進んでいた国会が、ことしの通常国会は途端に各駅停車になって政府与党が非常に苦労すると、こういう展開になっているわけでございます。
日本の国会を考えてみますと、こういう国会の姿が日本の国会の非常に大きな特徴と言えるのではないか。ということは、日本の国会の特徴は、非常にゲーム的性格が強い議会である。ゲーム的性格が強いというのはどういう意味かといいますと、勝った負けたの世界だということです。そのために、いろんな手を尽くして、裏をかいてみたり、取引をしてみたりということをやりながら審議を進めて、与党が勝ったとか、今回は野党が点数を上げた、法案を止めたとか、そういう非常に勝った負けたということが議会政治の内実をつくっている。こういう議会というのは、世界で見ますと非常に特徴的です。これは当然、国民の不満にも繋がっていまして、国民の方は、そんな勝ったとか負けたとか、野党が審議拒否をして、与党が突っ走るかと思ったら突っ走れなくて、結局、振り出しに戻ったとか、こういうゲーム的な議会ではなくて、もう少し日本をどうするのかという議論をして方向を決める、野党は野党で主張をし、与党は与党でどうしてこういう政策でいくかということを明確に国民に説明をして、議論をして採決をして、多数派の意思に従って方向を決める、これが国会の使命なのに、日本はどうしてそういう姿の議会にならないのか、こういうのが多くの国民が抱いている疑問だろうと思います。 実際に世界の議会と比べまして、日本の国会というのは、確かにゲーム性が強い。したがって、国民には分かりにくいタイプの議会です。これはもう間違いのないことでありまして、じゃあ、どこに問題があるのか、それを正すためにはどうしたらいいのか、こういうことが大きな課題になるというふうに思います。 単に今国会の四大法案ということだけではなくて、最近言われておりますのは、90年代のバブル崩壊後、日本は非常に低迷が続いているわけです。「失われた90年代」、あるいは「失われた10年」というふうに言われてまいりましたけれども、どうも90年代だけでは済まない。それから失われた10年だけではどうも済まないというような状況で、この先日本はどうなってしまうのだろうか、こういう状況です。
先ほど高橋会長代理とお話をしたのですが、会長代理が政治にお入りになられたのは昭和38年というお話でございまして、「いわゆる60年安保が終わって高度成長の真っただ中の時期でしたね」というお話をいたしました。あのころは、豊かさという点では今よりはるかに貧しかった。今の方がもうはるかに皆さん方、豊かな日本人です。ところが昭和38年のころというのは、伸びているという実感、将来に対する希望ですね、それが感じられて、非常に国民は明るい気持ちでいた時代です。自分は親よりいい生活ができて、自分たちの子供は自分たちよりもっといい生活ができるだろう、その子供の子供は子供よりもいい生活ができるだろうということを、全く疑わなかった。「日はまた昇る」とか、あるいは「ジャパン・アズ・ナンバーワン」というような賞讃を受けていたわけですが、あのときの日本と今の日本を比べると、あまりにも落差があり過ぎるということです。どうして日本は今のような「失われた10年」とか「失われた90年代」とか言われるような日本になってしまったのか。あのときの日本のバイタリティーを持てば、再び日本は希望を持つことができるはずなんだろうけれども、本当にそれは可能性があるのかということに対して、非常に今、日本人は悲観的になっているわけです。 そういうことを考えますと、やはりこの時代の閉塞というのを打破するのは、政治の役割、使命である。これは誰しも言うことなのですが、じゃあ、今の日本の政治にそれだけの力があるのか、国民がそれを信頼することができるのか、こういう大きな疑問があるわけです。ですから、単に今国会課題の四大法案が行き詰まっているというだけではなくて、政治全体が本当にリーダーシップが発揮できていないのではないか、こういう状況にあるわけです。 では、これを果たしてどこに問題があって、どういうふうに改革していったらいいのかということが非常に大きな課題です。もちろん、政治を改革していくためには、多面的ないろんな努力が必要ですが、その一つとして、やっぱり国会をどうしていくのか、こういうことが非常に大きな課題になるだろうと思います。 もちろん、国会をどう改革していくのかということにしましても、いろんな問題点があります。国会というところは、きわめて技術的性格の強いところですから、具体的な国会改革の話になりますと、具体的な今の国会制度のことをご説明して、ここがこう技術的に問題だからこうしなければならないということをいろいろお話ししなければならないので、一つは大変長い話になってしまいますので、それは本日はあきらめまして、ごく基本的な枠組みの問題だけをちょっとお話をさせていただきたいと思います。 かつての高度成長、あれだけ勢いのあった高度成長から、日本がどうして「失われた90年代」になってしまったのかということについては、いろいろな原因・背景があります。一つは、高度成長期に日本が享受していたいろんなプラスに働いていた条件が失われてしまった。例えば右肩上がりの経済というものが終わってしまった。冷戦構造が終わってしまった。それから、逆に国際化が非常に進展した。そうすると、高度成長期のあの頃は国際化というのはそれほどではありませんでしたから、何でも国内だけで話をつければ済んだのが、典型的な例は談合ですが、国際化の時代になってしまうと、談合的に国内だけでまとめたのでは済まないというようなことが起きてきたとか、いろんな条件があります。そういう条件によって、高度成長期にプラスの機能が働いていたものが、今は逆機能を果たしてしまっている。いろんな制度が逆機能を果たすようになっていることが、大変大きな状況変化であります。その典型は官僚制です。高度成長期には日本の官僚制というのは非常にプラスに機能しましたが、今は、バブル崩壊後、官僚機構というのは逆機能を果たして、日本の改革の非常に大きな障害になってしまう。そういう大きな問題があります。 ですから、これから日本を建て直していくためには、高度成長期にはプラスだったけれども、今、逆機能を果たしているものをチェックして、それを改革していくという大きな努力が必要です。そして、例えば政治についても、かつては官僚主導ということで、政策については官僚に任せるということでやってきたことを、これからは政治主導という形で政治が前面に出る。現在、自民党などでやっている政策も、本当に政治主導ではなくて、官僚に「知恵を出せ」と言って出させて、「それはここを直せ、あそこを直せ」ということで官僚に出させて提起しているだけの政治主導です。そうではなくて、本当に政治が方向を示す、そういうことも非常に必要なことです。 それと同時に、国会について言いますと、やはり最初に申し上げたような駆け引き型、ゲーム型の国会というものを、本来の立法府の機能を果たすような国会に改革していくということが重要です。高度成長期の政治というのは、国家目標というのは非常にはっきりしていたわけです。欧米先進国に追いつき追い越せ、それからより豊かさを求めるということです。高度成長期の政治の基本的な機能は、分配ということです。飛躍的成長によって高度成長が実現され、豊かな税収、それから郵貯だとかいうことによる政策金融の財源、そういうものがどんどん、どんどん増えていったわけで、それをどういうふうに分配するのかということが主な政治の役目だったわけですが、これからの政治、今の「失われた90年代」を打破すべき政治の役割というのは、分配の問題ではなくて、どういう方向に進めていくか、こういうことが大きな使命なわけです。 ところが、先ほど申し上げたような勝った負けた、抜いた抜かれたというようなタイプのゲーム型の国会というのは、分配の調整としてはそれなりの役割を果たした。大きくは与党の主張が通って、しかし野党も分配で多少回っていると、こういうことで、高度成長期にはそれなりの役割を果たしたのですが、これからというか、本当は90年代からそういう政治であるべきだったのですが、方向をつくる政治としては、やはりゲーム型、駆け引き型の国会では、実現することができない。
では、どういう国会につくっていくべきかといいますと、世界の議会には、大きくは二つのタイプの議会があります。一つは、代表例はイギリスですが、多数決主義型の議会。これは、各党が明確な政治の方針を出して、議論をして採決して多数派の意見が通るという、こういうタイプの議会。この典型はイギリスです。もちろん、イギリスのこの場合の多数派というのは、政府、政権です。だから、政府がプランを出して、それを議会で支持して、野党がこれを批判し、採決して政府の政策が採用される。ただ、その政策が失敗したら、責任を政府はとらざるを得ない。それは次の総選挙で政権交代があるということです。こういう多数決型の議会というのが一つあります。 もう一つのタイプは、ヨーロッパ大陸型ですが、これは、コンセンサス形成型の議会です。コンセンサス形成型というのは、極端なことを言えば、採決で多数派の主張が100パーセント通るのではなくて、多数派は自分の説を言い、少数派が言って、そこで取引きがあって、例えば多数派の意見が70%から80%、少数派の意見が20%から30%通って妥協が成立するという、こういうタイプの議会です。これがヨーロッパ大陸型の議会ということになります。 どうしてヨーロッパ大陸でこういうタイプの議会が発達したかというと、ヨーロッパ大陸の国は、イギリスなんかに比べると、社会が地域的に、文化的に、場合によっては民族的に、非常に多様な要素からできています。非常に多様な要素からできている社会というのは、多数決原理が効かないです。例えばアフガニスタン、ああいう多民族社会は、多数派はパシュトゥン人でしょうけれども、「採決でパシュトゥン人の提案が一番多かったから、じゃあそれでいきます」と、こうなりますと、社会が分裂しちゃいます。だから、ああいう多様性のある社会では、多数決原理というのは効かないです。だから、ヨーロッパ大陸の社会というのは、結局、どこかで調整をして妥協を形成する、こういうタイプの政治、こういうタイプの議会になります。そのかわり、でき上がった結果は、妥協の産物ですから、責任のはっきりしない政治になるわけです。コンセンサス型というのは、責任のはっきりしない政治なんです。それに対して、最初の多数決型というのは、責任がはっきりした政治です。そのかわり、失敗したら責任をとらざるを得ない。こういうことになりますが、世界の議会は、大きく言ってこの二つのタイプがあります。 それで、日本は、高度成長期で政治の役割が分配が中心であるときには、わりあいコンセンサス形成型だった。であり、かつそれがそれなりに機能した。だから国民も国会については、与野党がよく話し合って妥協してと、こういうことだった。ところが、国の方向を決める今の時代においては、例えば政府が提案して野党に譲ってコンセンサスをつくるというのは、政府が当初描いていた政策を十分実現できないということです。だから、政府がその結果についても十分な責任を負えないと、こういうことになるということですが、今求められているのは、そういう政治ではなくて、明確なポリシーと、そのかわりそのポリシーが失敗した場合には責任を伴う、こういうタイプの政治、及びそういうタイプの国会運営というのが、今の時代にはより求められている、こういうことです。ですから、最初に申し上げましたようなゲーム型、駆け引き型の国会というのは、非常に今求められている政治とは異質な国会になっているわけです。これはもちろん戦後政治、あるいは55年体制からの政治の蓄積の結果、今の国会の姿ができているのですが、しかし、今求められている政治にとっては、むしろ手かせ足かせの国会になっています。 ですから、最初にゲーム型と言いましたけれども、このゲーム型、あるいは駆け引き型の最大の手段は、国会の手続きです。野党が反対して与党多数で公聴会をセッティングして、野党は審議拒否に走ってというような手続きでゲームをやったわけですが、そうではなくて、どちらかというとイギリス型の、政府与党が明確なポリシーを出して、野党がそれを批判する。そして採決をして政府与党の政策が通り、そのかわりそれが失敗したら責任を問われる、具体的には政権交代が起きると、こういうタイプの国会の方が適しているというふうに私は考えます。 そういう国会をつくるためには、かなり今の国会の制度・手続きを変えていかなければならないです。ただ、これは長年にわたって、主として55年体制下の与野党が合意でつくってきた制度なものですから、なかなか変えられない。変えるには、与党と野党が合意しなければ変えられませんが、野党が合意しないということで、なかなか変えるのは難しいのですが、しかし、今の国会の基本的な問題は、変えていかなければならない。 そのポイントは、いろいろありますが、ゲーム型の国会で一番問題になるのは、強行採決とそれに反発した野党の審議拒否です。今の国会の最大のポイントは、いつ採決するかという争いなんです。先ほど紹介がありましたが、「官邸」という私の小説ですが、あれは、細川内閣の政治改革法案をモデルにしながら、政治改革法案というとちょっと話が複雑過ぎるので、税制改革法案に置き換えてやっておるのですが、採決すれば多数派が、政府与党が勝つのは分かっているわけですから、いつ採決するかという攻防戦です。 それで、どうしていつ採決するのかということが攻防戦になるのかというと、実は、今の国会の審議の方式に非常に大きな問題があります。今の国会の審議方式は、一括審査、かつ一問一答方式という方式です。一括審査方式というのはどういうことかといいますと、例えば、有事関連法案は3法案です。それから小泉さんがやりたいと言っている郵政改革法案は4法案です。ところが郵政改革法案については、委員会で郵政改革4法案を一括して議題とします。それで、その4法案のすべてについて、どこの部分についてでも自由に質疑をしていい、こういうやり方なんです。その質疑のやり方は、各会派に時間を配分して、その持ち時間で仕切り者が、与党も野党もありますが、多くは野党ですが、野党が大臣に、時には総理大臣に質疑をして、大臣・総理大臣が答弁をする。1回「これはどう思いますか」と質疑をして、総理なり大臣が答弁する。続いて、「それではじゃあこの点はどうか」と聞いて、また答弁する。一問一答方式です。一つ聞いて一つ答える。これは、いつまで経っても終わりがこないということなんです。ここが非常に重要なポイントです。いつまで経っても終わりがこないから、いつ採決するかということが最大の与野党の対立点になります。与党は「質疑の繰り返しになってるじゃないか、もう審議を十分尽くしたから採決しよう」、野党は「いやいや、いろいろこういう問題があるから採決は早い。まだ慎重に審議すべきだ」ということで採決に反対します。だから、どこかで与党は強行採決をせざるを得ない。そうすると、野党は審議拒否に出る。こういう原理です。
諸外国はどういうふうになっているのかといいますと、逐条審査なんです。逐条審査というのはどういうことかといいますと、第1条から順番に議論していく。第1条について議論します。それでディスカッションをして、第1条の修正案があれば出す。で、その修正案をめぐって議論をして採決をする。第1条は修正案は否決。今度第2条、今度は修正案はない。第3条、また修正案を野党が出して、議論して採決をしたら、修正案が通った。じゃあ、第3条は原案は修正案にかわる。そうやって今日は第何条まで進んだ。次回は何条から。それで最後まで到達すると、今度は全体について賛成か反対かの採決をする。それで終わるわけです。そうすると、委員会を通過して本会議に回って、本会議はまた逐条でやる。これは一見無限のようですが、必ず終わりが来ます。だから、諸外国では審議拒否はない。しかし逆に強行採決もない。何でか?逐条審議の途中では強行採決したって無効になってしまうし、逐条審議を続けていけば必ず終わりが来る。ところが日本は、一括審議方式の一問一答方式で、これは無限に続けて、幾ら続けても終わらないから、どこかで強行採決する。だから、まずこういう審議の方式を見直してみる必要がある。これは逐条審議というのはかなり技術的な問題が出てきます。しかし基本は、政府与党が自分たちのポリシーを訴え、野党が批判をし、国民に見せるための議論をして、国民の前で議論をして、自分たちの主張を明確にする。採決をして一つ確認。次に進む。こういうタイプの国会をつくっていく必要があるということです。 さらに、こういう国会を実現するためには、国会の運営制度も変えなければいけません。今、衆議院、参議院の運営は議員運営委員会というところが中心にやっていますが、議運委員長というのは与党から出るわけです。衆議院の委員長は今、自民党の鳩山邦夫先生ですが、それは、ゲームの当事者が司会役をやっているのですね。そういうやり方より、もっと、中立の議長が直接運営に責任を持ってほしい。実は、戦前の帝国議会というのはそういうやり方だった。議長を中心に、議長が主催する各派交渉会ということでいろいろ決めた。だから各派が意見を言って、議長の裁量で決める、こういうやり方だった。これは欧米では標準的なやり方です。皆さんたち、戦前の帝国議会がおくれた議会だと思ったら大間違いですよ。戦前の帝国議会の方がはるかに欧米的な意味ではスタンダードな議会だった。議長が運営に責任を持つとか、それから逐条審議もやりました。・・・もやりました。今の国会の方が非常に変形的な議会になっている。かつての高度成長期の分配型の政治ということで変形したのです。 さらに、今言ったようなスタンダードな議会を実現するためには、日本の会期というのはあまりにも短いです。日本の国会の特徴の一つは、会期が短い上に、会期不継続、会期中に上がらなかった法案は廃案になるということです。会期不継続の原則を持っている議会は、各国にもありますが、大体、世界の流れは会期不継続は廃止する方向にあります。だけどまだ会期不継続を残している議会というのは、例えばイギリスがあります。イギリスは、会期は1年です。日本の会期制の特徴は、通常国会でも
150日、臨時会だともっと短い。細切れの会議で、なおかつ会期不継続なんです。これが野党に駆け引き型の議会対策という戦術をとらせる非常に大きな背景になっています。 その他いろいろ、討論をもっと充実すべきだと。例えば党首討論だけではなくて、もっと実地問題を広範に議論するように改革すべきだとか、それから非常に大きな問題は、参議院改革ですね。いわゆるカーボンコピーと言われている参議院を、もっと意味のあるものにするとか、非常に国会に対して多様な課題があります。かつ、全部それぞれ自律的性格の強いものですから、それを理解していただくためには、もっといろんなお話をしなければならないのですが、時間もありませんから、きょうはそれも含めて端折らせていただいて、手法的にどういうタイプの議会をつくっていったらいいかという点に絞ってお話をさせていただきました。
ちょうど40分になりましたので、ここでとりあえず話を終わらせていただいて、この後皆さんたちと活発なディスカッションができればというふうに思っています。(拍手) 【司会】 成田先生、ありがとうございました。 それでは、質疑応答に入ります。質問は、お1人1問、簡潔にお願いします。 それでは、ご質問のある方、挙手をお願いします。水野君、どうぞ。 【質問(水野)】 先生、非常に興味深いお話、ありがとうございました。 私も国会の話というのはいろいろな本で読みましたけれども、どうもダラダラ審議をして、結局、採決をやって、与党の方は「もう審議なんかいいじゃないか」と、野党の方は「民主主義の冒涜だ」とか言って、それでいつも延々と続いている感じで、私はこういうやり方は非常にいいと思います。特に逐条審議では、1条ごとにきちっと議論ができるということは大変いいと思うのですが、問題は、なぜこうした制度が導入できないのか。今の国会、与党・野党、いろんな議員の方々がありますけれども、特にどのあたりが、こういう制度を導入するのに弊害になっているか。いわばこの国会改革の抵抗勢力はどこにあるのかということを、首相秘書官をなされたお立場でもよろしいですし、また今の立場から見てどう思われているのかについてお答えいただきたいと思います。よろしくお願いします。 【成田】 大変いいポイントを突いた質問ですが、いろいろ考えてみますと、やはり問題の最大の根源は、短い会期ということにあります。会期が短いから、そんな逐条なんてやっていたらとても時間が足りない、こういうことです。確かに有事関連法案は、例えば野党は「
100時間以上審議すべきだ」とか、与党は「まあ50時間やればいいだろう」と、こういうことですが、それは大変な法案の話で、他の大多数の法案は、審議時間3時間ぐらいで通ちゃっているんですよ。通常国会で大体
100ぐらいの法案を提出しますが、そのうち70〜80は、野党も賛成して1法案の審議時間3時間ぐらいで通っているのです。
100法案のうち野党の賛成率というのは、民主党の賛成率は70%から80%ですから。形式的にぱっとやる。そういうのまで逐条審議をやられたら大変だと、こういうことです。 それで、じゃあそれまで逐条審議をやったら大変だというなら、会期が
150日は短い。じゃあ長くやればいいじゃないか。通年国会でやればいいじゃないかというのが、私の意見です。そうすると、官僚が大変だと言うわけです。官僚は、国会は早く終わってもらって、本来の仕事に帰りたいと。国会が開かれると、官僚は全部張りつけになって仕事ができないから、そんな1年国会をやられたら仕事ができない、こういうことです。これは、要するに政治の側について言えば官僚依存、それから官僚の側について言えば、何でも官僚が仕切りたがるからいけないのです。ここのところを変えなければ、長く国会をやっているということはできないです。しかし、そこはまず断ち切るべきですよ。政治家も官僚に政策を全部任せておくべきではないし、官僚も何でも自分で仕切りたがるということは、これはそういうものではないということで、官僚は国会開会中でも十分官僚の仕事をやりなさいと。国会は国会議員がやるから、あとは副大臣、政務官でやるからということにする。そうすると、長く開けるようになる。世界各国は、例えばドイツなどは、議会1期制といいまして、議員の任期の間はずっと議会は開いています。その間、夏休みだとかクリスマス休暇だとか休みをとるというこういう方式です。その他ずっと開いている。こういうことですから、だから日本も国会を開きっぱなしにして、時間を取って、そのかわり法案は逐条審議を全部やっていく。さっき言ったように3時間ぐらいでは、要するに、ある法案について1日開いて、午後1時から4時ぐらいまでやって採決をやって通すということでしょう。これは馴れ合い法案が大部分なんだから、実はこれも問題なんですね。今、官僚が書いた原案で、読んでみればおかしいということがいっぱいあるのです。官僚が勝手に変えてしまって、政治もチェックができていない。それを1条1条審議していけば、「ここはおかしいじゃないか」と、こういうことになるわけですから、ですから、逐条審議をする。そのためには会期は長くとる。そのためには、官僚は役所の仕事をやって、国会開会中は全部国会に掛かりきりになるなんていう馬鹿なことはやめると、こういうところから直していく、こういうことだと思います。 【質問(水野)】 どうもありがとうございました。 【司会】 次の方。森さんお願いします。 【質問(森)】 森と申します。先生、ありがとうございました。 今の水野君の質問に関連してですが、私も、そういった逐条で審議・審査を行わないことが、駆け引きを政治の中で生む土壌になっていると思いますし、もう一つ、国民の目の届かないわからないところで政治が行われてしまいますから、政治がわかりにくくなっている一因だと思いますので、先生がおっしゃいますように、逐条で議事録に残る形で政治の審議が行われていくということは、大変重要なことだと思うのですが、水野君は先ほど「抵抗勢力はどこですか」というお話をしたのですが、そもそもここに問題点があるということを認識して、こういった制度部分から国会の運営を改めていこうと考えている政治家というのはいるのでしょうか。 【成田】 綿貫衆議院議長のもとに衆議院改革協議会というものをつくりまして、検討をして、報告が出ていまして、ただいまの点も部分的には含まれていますけれど、必ずしも私が申し上げたような問題点の全貌が明確に指摘されていない。これは一つには、政治家の責任ということもありますが、私は、自分が研究者だから敢えて言うのですが、やはり日本の政治の研究者の責任ですよ。政治の研究者というのは、政治学者、それから憲法学者。極めて政治論的な議論はやっているけれども、では国会の制度をどうすべきだということについては、はっきり言って日本の学者の議論はあまりにも不足し過ぎていると思います。そういう問題点を明らかにして国民に伝えていくというのが、学者・研究者の仕事で、日本の学者・研究者は、そこは非常に怠慢だと思います。 それで、政治家の側でその点の問題をきちっと認識されているのかということについて言えば、いろんな先生方、漠然とは思っているかもしれませんが、しかし、初当選で入られて、その世界で「国会というのはこういうしきりたりでやるんだ。お前知らないものなんだ」と、こう教育を受けて、それに慣らされてきてしまっただけに、必ずしも問題点にすべての先生がお気づきになっているとは思いません。だからこそ、学者・研究者がそういう点をきちんと指摘していくべきだと思いますが、どうも日本の研究者というのは、むしろ政治論的な個別論をぶって、そういうところの研究が不足しているではないかというふうに思っております。 最近、国会の研究者も少し増えましたけれども、数から言うともう全く少ないですし、私は、そういう点では国会の問題を中心に研究をしている者ですが、まだまだ私の声が小さいと、こういう自戒・反省もございます。 【質問(森)】 ありがとうございます。 【司会】 他に質問のある方は挙手をお願いします。 【質問(辻)】 辻と申します。貴重な講演、どうもありがとうございます。 質問ですが、先生におかれましては、首相秘書官を経験されたということで、普通の方では経験できなかったような貴重なご体験、いろいろなされていると思うのですが、先生の著書の「官邸」という本で、もしもこの本に書けなかった、書くことができなかったような経験、エピソードなどあれば、裏話のようなものがあれば、ご紹介いただければ大変ありがたいと思いますので、よろしくお願いします。(拍手) 【成田】 どうして拍手が起きるのかね(笑)。 秘書官というのは、やはり見聞きしたことを決して口外しないということが秘書官の鏡でありまして、私は「官邸」をどうして小説という形式をとったかといいますと、あとがきにも書いたのですか、小説だと、嘘か本当かわからないと、「これは本当ですか」、「いや、小説ですから」と、こういうことで、本当のことをもしかしたら書いているかもしれないですよ。書いているのかもしれないですが、「本当ですか」、「いや小説ですから」と、こう言えるということで、小説という形式をとったということです。ですから、皆さんたち大変興味をお持ちだということはよくわかりますけれども、いろんなことで「あれに載ってないことを聞かせてください」ということはよく言われますが、一応私自身に対する戒めとしまして、見聞きしたことは言わないという方針でおりますので、誠に申し訳ありませんが、ご容赦をいただきたい。 また、秘書官をやった者が、あっちの講演会、こっちの講演会で「実はこういうことがあった」、「こういうこともあった」ということを喋っているようでしたら、皆さん、その秘書官は信用できないというふうにお考えください。 ただ、小説の中でいろいろ書きましたけれども、読んでいただければ、あれは小説ですから、本当かどうか分かりませんけれども、(B面終了) 例えば政治改革法案であれば消費税引上げ法案となっていますね、それから、どうも武村さんをモデルにした人は、官房長官ではなくて大蔵大臣になっているとか、これは違うじゃないかと、まあいろいろありますが、きょうは自民党の政治大学院に呼ばれましたからちょっと申し上げますが、最初に「私は非自民連立政権の秘書官でございました」と、こう申し上げましたけれども、一番苦労したのは、野党・自民党対策ですね。それで、小説の中にもちょっと出てくるのですが、小説の中では民自党となっていますが、民自党は最初は「責任野党・民事党」と、こう標榜していたのが、いつの間にか「最強野党・民自党」と、こういうふうにみずからの呼び名を変えた。こういうふうに小説の中に出てきますが、実際、自民党も最初は「責任野党・自民党」と言っていたのですよ。「国会運営では我々も苦労したから、あまり細かいことは言わない」と、こういう話でしたけれど、まあ、すぐ手のひらを返したような話になりましたね。重箱の隅をつつくようないろいろ注文をつけてきまして、呼び名もいつの間にか「最強野党・自民党」。しっかりしていましたよ、野党としては。だから私は、今の民主党の人に言うんです。「戦後政治の中で一番しっかりしていた野党は自民党だ。だからあなたたちも自民党を見習いなさい」と。非常にしっかりしていまして、何かちょっと出てくるとすぐ突いてきますし、それから小説の中にも出てきますけれども、さすがに自民党と思わせるのは、土俵が広いですね。さっきゲームだと言いましたね。ゲームだから、相撲をとったわけです。相撲だから土俵はこのぐらいだと思っていて、ここから押し出せばこっちが勝ちだと思って押し出してみても、勝負はつかない。気がついたら土俵がもっと広い。これは非常に比喩的な、いかに自民党というものが懐の深いと言うべきか、政治の本当の土俵の広さを知っていると言うべきか、こっちは寄り切ったと思っても寄り切っていない。野党・自民党は政治の本当の土俵の広さを知った上で勝負をやられる。いろんな場面が出てきますから、お帰りになったら、皆さんぜひお買いになって読んでいただきたいと思いますけれども(笑)。 そういう意味では、大変いろいろ良い経験をいたしまして、何か小さなエピソードというよりは、そういう私があそこで経験した政治の姿をあの本に託させていただきました。 最近、インターネットで検索していますと、最初のときには、ベストセラーになりましたからね、神田三省堂、何週総合売上1位とか、八重洲ブックセンター、ノンフィクション部門売上2位とか、ずっとベストセラーになっていまして、最近はインターネットで検索しますと、売上ランキングのデータというのがいっぱい出てきます。最近はもう大体終わりまして普通の本になりましたから、インターネットで検索すると、どこどこ公共図書館の予約本ランキングというのに出てきます。『みんな買えばいいじゃないか』と思っているのですが(笑)。 ということで、まあいろいろご関心をいただいて、ですから、お買いになる必要はありませんから、どこかの公共図書館で予約待ちでもしていただいて是非読んでいただくと、皆さん、もしかしたらご参考になるかもしれません。 【質問( )】 ありがとうございました。 【司会】 鎌田さん、お願いします。 【質問(鎌田)】 鎌田公生といいます。よろしくお願いいたします。 先ほどのお話の中で、イギリスの会期は1年、日本の会期は短いとありましたが、どうしてこういうふうになってしまったのか、分かりやすく教えていただけませんでしょうか。よろしくお願いいたします。 【成田】 どうしてこうなったかといいますと、古い時代にはみんな会期は短かったのです。戦前の帝国議会は、会期が5か月。戦後は、通常国会が
150日ということで、日本はだから戦前の帝国議会と戦後の通常国会は、5か月が
150日になったということで、実質的には同じです。各国は、みんな延長の方向にある。日本が非常に古いタイプの議会を今も墨守しているということが基本です。日本の国会制度というのは、実は古いんです。 それから、もしかしたら混乱させるかもしれませんが、日本国憲法というのは、今、憲法調査会でやってますけれども、大学で憲法を授業をとられた方々は、大学では恐らく明治憲法というのは限界のある憲法だったけれども、日本国憲法になって人類の到達した最先端の憲法になったと、こういうふうに恐らく教えられた方が多いと思いますが、日本国憲法というのは、第2次大戦後の世界を比較しますと、実は古いタイプの憲法です。 ということで、日本の議会制度が古いタイプの議会になっているということが一つと、それから最大の問題は、先ほど言いましたけれども、官僚です。1年ぶっ通しで国会をやられたらたまらんと。だから会期は短く。こういうことです。だから、会期が短いということで非常に駆け引き型になり、それから今、問題になっております与党の事前審査。自民党の国家戦略本部が廃止すべきだと言って自民党内から非常に反発が出ていますが、私は、事前審査を配して与党ではなくて政府が責任を持った方がいいと思いますけれども、ああいう事前審査がどうしてなったのかということも、会期が短くて、会期が始まってから法案を審査していたら間に合わないから、出す前に全部見せろと、こういう会期の短さが原因なんですね。会期の短さは、古いタイプの議会をそのまま引き継いでいるということと、それから官僚が要するに長くやられたら困る。このあたりかなという気がします。 【司会】 次の方、お願いします。 【質問(登内)】 登内といいます。先ほどの質疑応答の中の先生のご発言で、一つ疑義があったものですから、確認させていただきたいというか、解釈についてちょっとお伺いしたいところがあるのですけれども、国会の会期について、会期が短いから通年会期にするべきだというふうにご発言されて、それだと官僚が仕事が増えるからそれは困るということの趣旨のご発言をさっきしましたけれども、私がちょっと思うに、大臣なり副大臣なり、政務官なり、例えば文教委員会なりの委員の先生方で、経歴的にも、初めて例えば文教政策について携わると、そういう先生が委員の先生で質問をする、もしくは応答する、もしくは政府としての見解を述べると、そうしたときに、「今までの政策の流れが分からないから教えてくれ」、もしくは「条文について考えていただきたい」、もしくは「条文の解釈について教えていただきたい」とか、そういう質問が多々あったりするかとは思うのですけれども、そうした場合に、政治と官僚との関係を断ち切ったときに、そういう政治家方面からの官僚方面への働き掛けについてどういう関係を保っていけばいいか、その点の解釈についてちょっとお伺いしたいと思います。 【成田】 政と官の関係というのは、自民党の国家戦略本部とか政治改革推進本部ですか、党の行動の方針が出て、政治家は官僚にいつでも働き掛けていいと、こういうことが認められていますが、私は、それはやはり政策を官僚につくらせて政治家が干渉すると、こういう構図を残していると思います。それは私は反対で、少なくとも政策の骨格というものは、政治家が自立的につくるべきだと。 例えば、小泉内閣になって、じゃあどういうするのかと代表質問で民主党の管さんなんかから聞かれて、小泉さんが言ったことが、「だってまだ1か月じゃないですか。1か月だからどうしていいかまだ決まらないのは当たり前じゃないですか」、それから「まだ2か月じゃないですか」、「まだ3か月じゃないですか」、こう言っていましたね。これは、世界から見るとやはり通用しないのですよ。世界の改革というのは、例えば百日改革と言われるように百日間で仕上げてしまう。世界の日本に対する批判は、日本はどうして変わらないのか。小泉さんは一生懸命やっている。確かにこの自民党政権の中ではもう頑固一徹で一生懸命やっているかもしれませんよ。しかし、日本道路公団の民営化を始めてから1年経ってどこまでいきましたか。1年経って、日本道路公団の将来を検討するための第三者機関を置くという法律が通った。これから今月中にその第三者機関の委員を任命します。それで、年内にどうしたらいいかを出す。それから法案を出して、まとめてやるというと、あとどれだけかかるんですか、日本道路公団を民営化するのにあと1年かかります。こんなにスローな国はないですよ。他の国は、日本道路公団を民営化すると総理が決断すると、まあ3か月ぐらいで民営化されてしまいます。あまりにもスローテンポでしょう。 じゃあ、どうして日本はこれだけスローテンポなのかというと、最初に言ったように、小泉さんが「いや、まだ1か月じゃないですか」、「まだ3か月じゃないですか」、こう言っているということは、最初に政治の方針がないんですよ。各国は、みんな最初に政治の方針がある。最初の政治の方針というのは何かというと、選挙公約です。各国の選挙公約というのは何かというと、ちょうど小泉さんがやっている経済財政諮問会議の骨太の方針、今度、第2次の骨太の方針を今月中につくると言っていますね。大体あの骨太の方針ぐらいが各国の政党の選挙公約です。ところが、皆さんたち自民党の公約というのをお読みになったことありますか、自民党の公約の特徴は、まず厚いということです。なぜ厚いかというと、森羅万象何でも書いてある。中身は何を書いているかというと、あれもやります、これもやります、これも、はい、こちらもやります。すべてやりますと書いてある。何をやると書いてあるかというと、「やりがいのある農業をつくります」とか、「誇りの持てる農業をつくります」、「幸せに暮らせる老後をつくります」、こう書いています。じゃあどうやるか、自分でもわからないです。何でもやりますと、「やります」集なんです。だから厚い。選挙に勝っても何をやっていいかわからない。 各国の選挙公約というのは、骨太の方針ぐらいの、道路公団を民営化して何をして、外形標準課税を導入して、という公約です。イギリスでは新しい政治というのは、必ず野党時代の選挙公約で新しい税金の種目が出てくる。与党は新しい税金を提案しない。野党が新しい税金を選挙公約に掲げて選挙で勝って政権をとって新しい税金が導入される。だから、そのぐらいの具体的な内容を持った選挙公約をつくる。これができているから、外国では内閣が発足するときには、何をしたらいいかが決まっている。だから各国で百日革命ということが起き得るのです。 ところが日本は、まず政権に就いて、「いや、まだなったばかりだ」と、こういう話です。だからズルズルといくのです。これは自民党に限りません。野党もそうですし、自民党もそうですが、これからの選挙公約という言葉は、ちゃんと骨太の方針ぐらいの、政権をとったらこうやるという具体的な投資プログラムですよ、それを与党・野党が掲げて争うということが大切なんです。今は、とにかく勝って政権をとって、次に官僚に「さて何をやったらいいかね、何が問題か知恵を出しなさい」と、こういう政治をやっているから、官僚から離れられないのです。さっき言ったように、国策の方向が決まっていた高度成長の時代はそれでいいのです。政治は分配の仕事だけやっていた時代はそれでいいのです。しかし、これからはそれではだめだから、政治が自立的に政策の骨格をつくれるようにならなければならない。政権をとる、あるいは政権を維持することだけで、官僚に「さて知恵を出せ、何をやったらいいのか」ということでは、やはり自民党だってこれから日本は運営していけないということを理解していただきたいというふうに思います。 【司会】 ありがとうございました。 大変申し訳ございませんが、時間の方が近づいてまいりましたので、質疑応答を打ち切らせていただきます。 最後に、成田先生より受講生の皆さんに一言お願いします。 【成田】 大変活発な質問が出まして、こういう議論は一日やっていてもエンジョイできる方なので、大変心残りでございますけれども、時間が来たようです。私も本にも書きましたように、霞が関というのは時間にルーズな世界、永田町というのは時間に非常に正確な世界です。やはり、こちらは霞ヶ関ではなく永田町のカルチャーを引き継いだ政治の世界でございますから、ひとつファンクショナルに終わるということで終わらせていただきます。 きょうは、皆さんたちとご議論ができて、お伺いしてお話をすることができて、大変充実した一時を過ごさせていただきました。皆さん方もぜひ政治に関心を持ち、頑張っていただきたいと思います。誠にありがとうございました。(拍手) 【司会】 成田先生、ありがとうございました。 それでは、成田先生がご退席されます。今一度大きな拍手をもってお送りください。 (拍 手)
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