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過去に、いろいろ著名な方がこの政治大学院で講師をお務めになって、その中にこうして私をお呼びいただきましてこのような機会をお与えいただきましたこと、まずもって心から厚く御礼を申し上げます。
先日、今日こちらにもおみえでございます宇佐見さん、近藤さん、伊藤さん、そして江崎さん、きょうは高瀬さんのお顔がちょっと拝見できませんけれども、皆様方お忙しい中、私ども市のいろいろな施設をご高覧いただきまして、高い席からではございますが、厚く御礼を申し上げます。ありがとうございました。
今、杉浦先生の方から大変過分なお言葉をちょうだいいたしました。私にとりまして、衆議院の旧4区の先生方、私どもの町をある意味では大きく転換をするそのときにご助力をいただきました。と申しますのは、当時、名古屋鉄道三河線の駅の東西で再開発事業に取り組みました。今、全国どの地方でも再発事業をやっておりますけれども、いわゆる地方ローカル都市で、しかも人口3万余の都市で、駅の東西の再開発というのは、ある面では大変大きな冒険でもありました。私が平成元年9月にこの市長職をお預かりをして、まず最初の1期目は、その再開発事業の中身をどういうふうにするかということ、これに大変大きなエネルギーを費やし、そしてまたいろいろな意味でお世話になりました。旧4区の諸先生方でいらっしゃいます杉浦正健先生、浦野烋興先生、稲垣実男先生、党派は違いますけれども伊藤英成先生、いろいろな方たちにそれぞれ皆様方の培われたネットワークで私ども本当にお助けをいただきまして、この再開発事業についての方向づけをすることができました。
そのときに一番私どもが苦心をいたしましたこの再開発事業の中身は、ご案内の方も多いと思いますが、駅前の商業というもののポテンシャルが大きいところでは、再開発事業というのは、たいてい起こっております。しかし、実際に、皆様方ご案内のとおり、例えば今、進行中の名鉄有松駅のあの再開発事業、もうほぼビルは出来上がっているのに、マイカルが頓挫をしました。商業というもの、産業活動、あるいは経済活動というものは早いテンポで進んでおり、かつてのブランドが、もう今ではそれが通じない、それほど大きな変革をしておる。そういうことに対して、ある面では私ども行政、あるいは行政を取り巻くいろいろな組織、あるいは制度を含めて、こういう時代のテンポ、あるいは人の気持ちの動きについていくことがなかなかできない。ですから、タイムリーにその事業ができなくて、今、いろんなところで破綻をしている。そういう中で、私どもはいろいろと悩み、苦しみました。
その結果として、私どもは、自分たちのまちの総合計画、今は新しく第5次が始まりましたけれども、この中で、人口3万9,000
というフレームの中で考えました。そしてその中でどういうことができるかというと、商業系を住居系に変えるということと同時に、街の賑わいというのは、物販だけの賑わい、商業に携わるとか、あるいは物をお買い求めになる方の賑わいという考え方を、私どもは捨て去りました。
ご案内のように、1980年の終わりから90年ごろの枕ことばは、「高齢化・国際化・情報化」でございました。この中で、私どもの住民に一番密着した生活課題は何かということの中で、例えば私ども3万9,000
のローカル都市で国際化は難しいだろうし、情報社会というのは、ある面ではコンピュータというそういうことだけでは、もう今は通用しない大変な時代ですから、そうしますと、その選択肢として私どもは高齢社会をどのようにとらえるかということを切り口にしました。
その中で、では何がそこで求められるか。私は、人である、人材を養成するということであると考えました。福祉の面はほとんどがいわゆる労働集約的であり、人が介在をする。そうすると、それはやはりレベルの高い人が求められる。そういう時代が来るということで、当時、事業展開をしていらっしゃった日本福祉大学、学校法人法音寺学園と提携することができて、2,500
平米余の床を専門学校にお貸しした。そこで作業療法士学科3年の40名ですから 120人、そして介護福祉学科80名2学年の 160名、3年先になると合計
280名の生徒の皆さん方が私どもで学び、そして私どもから巣立つ。私どもはこの地域社会の中で、どのような事で社会的に大きな貢献をすることができるかということで、福祉社会の中での人材育成を担おうではないかというようなことでやってまいりました。
ご案内のように、高齢社会というのは、今、介護保険が始まりまして、これでもう2年経過しました。しかし、介護保険で要介護認定を受けられて、そしてサービスをお受けになられる、あるいは施設等にお入りになられる方というのは、どのぐらいいらっしゃるかというと、ほぼ1割でございます。あと9割の方は、圧倒的にお元気で自立をしていらっしゃる、そういう方たちでいらっしゃいます。そうなりますと、高齢社会をどのように考えるかという中で、もちろん介護の関係のいろいろな問題は、当然これは保険者である自治体が大きな責任を負います。しかし、もう一つ、高齢社会の中で生き生きとした人たちがどれだけ地域の中に健在をしていただくか、このことにより、高齢社会がより輝く、その方たちにとってもそうですし、ご家族にとってもそうです。ということで、ある面では、私どもはこれは二つの側面を切り開いていかなければいけないということです。
そういう中で、私どもは、先ほど申しましたように、まず高齢社会の人づくりに取り組みました。愛知県立高浜高等学校の家庭科を福祉科に変えるということも、やはり教育委員会に働き掛けてやらさせていただきました。いろんな意味で、私どもの街の中にどれだけ自分たちの地域の人材をつくるかということの中で、平成4年度から実施いたしておりますけれども、ヘルパーの養成講座を必ず続けております。地域の人材を、私どももやはり他に任せることではなく、自分たちの地域資源をどのように活用していくか、これは、私どもに課せられた役目であるということから、そこにまず人材ありきが私どもの根本のスタートです。
そしてもう一つ、もし介護が必要になったときにどのように考えるかということの中で、私どもが考えたもう一つの方法論は、いかにして住み慣れた地域社会の中でどのように自分の一生を終えることができるか、そういうシステムと申しますか、そういうものを構築する。これがやはり自治体のトップとして、あるいはまた保険者としてもそうですけれども、その役割を果たさなければいけないということでずっとやってきました。
ですから、私どものやり方は、地域の中で完結する、自己完結と、そういう方式でございます。そのために何が足らないか、例えば特別養護老人ホームがない。平成5年の4月まで私どもには養護老人ホームがあるだけでございました。どのようにこれをつくっていこうか。自治体が自分のところで丸抱えで全部つくって、「さあ!」というようなことはできる時代ではございません。世の中はどんどん変わっています。そういう中で私どものとった手法は、あくまでも民間のノウハウを持ったその力のある人たちに出てきていただいて、そしてその中でその持てる能力を発揮していただくということでございます。
これをするにはどのような仕掛けをするかと申しますと、例えば、私どもが持っておる土地開発公社の土地をここに無償で貸与する、そういうことによって社会福祉法人に進出していただく。あるいは老人保健施設の場合ですと、医療法人に進出をしていただく、そういうようにして、できるだけ自分のところの資金を少しでも抑え、そして民間の活力をいかに引き出すか、そういうような手法をもって私どもはいろいろなものを整備してきました。
あるときには、先ほど申しました養護老人ホーム、これは市のものでございます。しかし、養護老人ホームと特別養護老人ホームの連携を考えたり、あるいはデイサービスの連携を考えたらということで、思い切ってこれを社会福祉法人に、いわゆる公設で民営をするという、そういう思い切ったこともやってまいりました。
そういうことをして、ヘルパーを含めて、あるいはそういうハード的なものを含めて、地域社会の中で自己完結をする。そういうことが、とりもなおさず住み慣れた地域社会の中で自分の一生を終える。そして併せてご家族の方にとっても、近いところに自分の家族がお世話になっていれば、それは顔を合わせる機会が多ければ多いほど、その方にとって自分の人間としての尊厳、こういうものを全うできるのではないかというようなことでずっと取り組んできました。
そういう中で、人づくりの次は、地域の財。今まで私どもは、首長も、あるいは議会の先生方もきっとそうだと思います。やはりお金があれば立派なものを造りたい、首長は、あるいは議員は、選挙があるものですから、だから「特別養護老人ホーム
100ベッドを造りました」、「何々を造りました」、それが俗に言うと一番カッコいい。そして例えば特別養護老人ホーム
100ベッドを造れば、「私はものすごく高齢社会、福祉に力を入れています」、こういう証のことが示される。しかし、実際にどうでしょうか。そういうものがきちっと機能する、連携をする、そういうことなくしてハードを造っても、そこを支える人の問題を含めてそれができなれば、ただそこにあるだけということになってしまいます。
そういうことを考えた場合に、一番身近な、住み慣れた地域社会の人にとって馴染みの深い、そういうものを資源として生かすことを考えないかということの中で、いろいろなものを使ってまいりました。今現在もまだ使おうといたしております。借家、店舗ですとか、空き教室とか、民家ですとか、旧保育園だとか、空き工場とか、いろんなものが地域にございます。そういう地域資源を私どもはもう一度掘り起こす、そしてその中からどういう使い勝手ができるかということを考えた上で、そしてそこに貴重な税というものを使わさせていただく。当然、そういうものが出来上がったあかつきには、そこにやはり人が要ります。その人も、先ほど申しましたように、私どもは平成4年度からヘルパーの人材養成を含めていろいろやってきました。そういう人たちが今度そこに介在をする。ですから、常にこれは両方が、どちらがというのではなくて車の両輪で、私どもはいろんなものを仕掛けていきます。仕掛けていくときに、その仕掛けに乗っていただく。あるいは中には「私は乗せられてしまった」という方もいらっしゃるかもしれません。しかし、そういうことによって、自分が学んだとか、持っていらっしゃる能力を発揮できる、そういう地域社会をつくっていくことによって、ある面では高齢社会を支えていける、そういう一つの地域のネットワークなり輪ができるのではないかなということでずっとやってまいりました。
住民の皆様方がこのように関わっていただく中で、いかにして住民の皆様方の意識と申しますか、気持ち、これがそういうようになっていただくか。例えば先ほど申しましたように、養成研修を受けて、それぞれ、ある方はヘルパーなり、ある方はパートなり、ある方は相談なり、いろんなことでボランティアで関わっていただく。しかし、その方たちが、更に自分たちの街をということの思いを考えていただくときに、私どもがどういうことに取り組んだかと申しますと、私どもは、平成11年度に介護保険事業高齢者保健福祉計画と介護保険事業計画を策定しております。私どもは、平成9年度の終わりから10年ぐらいからそういうことに取り組んできました。「介護保険制度が始まる、では大変だ、大変だ」ということではなくて、どのようにそこに軟着陸することができるか、12年4月に向けての中で考えたことは、いかに住民が積極的に関わっていただくシステムをつくるかということでございます。
例えば、いろんな審議会を含めて委員会に、市会議員の先生方がお入りになっていらっしゃるけれども、今、いわゆる議会と審議機関とはまた別個だという議論がされていますけれども、私どもは、早くからそういうことを進めてまいりました。
その中で、公募を含めて、いかにして住民の皆様方に積極的に地域社会に関わっていただけるか、そういう方を発掘する、あるいはまた、そういう場に出ていただけるように仕掛けていく、こういうことを常に心掛けてきました。
そういう中で、それをやるにはどのようにやったらいいかということで、やはりパブリック・コメントが大事だ、意見公募が大事であるということで、介護保険の事業計画をつくるときに、約
115件の方からご意見をいただきました。これを私どもの職員は、「できる」とか「できない」とかを含めて、意見を言っていただいた方たちにお返しをするとか、いろんなことをやってきました。それによって一番よかったことは、職員が力をつけたということです。職員はそういうことによって、自分たちがどうこれから立ち向かっていかなければいけないかという、そういう意識づけを自分たちがおのずと持ちました。ということで、第5次の総合計画、昨年の4月から始まりましたものもそうですけれども、あるいは今現在取り組んでおります地域福祉計画も、バブリック・コメントをやっております。
そういうふうにして、住民が地域のことについて関心を持っていただく仕掛け、仕組み、こういうものをしていかなければ、やはり住民参加とか住民参画とかそういうことというのは、口では唱えることはできるかもしれません。しかし、そこにどれだけ関わっていただけるかということで、ただ公募しただけではなく、一生懸命私ども職員も働き掛けをしました。
つい最近、昨年の6月から始まりましたが、今、私どもは実は、保育サービスの第三者評価の委員会を設けております。ご案内のように、一昨年からかつての厚生省がいわゆる保育サービスについてこれから評価をしていこうということで、国の中でいろいろとやっております。私どもは、この情報をいち早くキャッチしましたものですから、それを立ち上げようということで、この13年度から始まりました。この公募の委員の方、手を挙げていただきましたら、大変きつい委員の方です。しかし、一緒にそこで議論をしていく、そしてまた職員がそこでその方たちに対して説明責任を果たしていくという、こういうことというのが、おのずと出来上がってきております。
ですから、ある面では、パブリック・コメント、意見公募というそういう制度は、確かに私ども行政にとっては、極端なことを言いますと、まずシンク・タンクがつくってきた。それを皆さん方が、例えばそれぞれの商工会、私どもでいったら商工会の会長さん、何々の会長さんというようなことで、それをシャンシャンシャンで決まりました。議会でご議決いただきました。「はい、スタートいたしました」ということでやること、これほどある面では楽なことはありません。しかし、それはある面では大変悲しいかな、ただ行政が自分で好きに勝手にやっておるだけというふうな冷めた住民の方たちがどれほど多いかということです。例えば第5次総合計画をつくるにも、約2年半近く前からそれぞれ勉強会をつくり、そこに参画をしていただいた。そういう人たちが、今度は逆に、ご自身が責任を持っていろいろとやっていただける。ある面では、パブリック・コメントというのは、私ども行政は、情報開示を含めて説明責任を果たします。しかし、もう一つ大事なことは、そこに参画した人たちが、自分がこれから責任を持ってその計画に沿って自分も努力をしなければいけない、貢献をしなければいけないという、ある面ではそういう世界をつくるということでございます。そういう市民が地域社会の中に育てば育つほど、地域社会の成熟度が高まり、地域のことは自分たちで解決しようという、そういう人たちがたくさん根を張ってまいります。
そういう中で、今、先ほど申しました地域福祉計画をつくっておりますけれども、これは日本福祉大学の平野教授にご指導いただいておりますけれども、そこの中で、私どもは小学生から80歳代の約
140名の委員の方がここに手を挙げていただきました。小学生、中学生、高校生、こういう方たちも入っております。例えば小学校の方がこんなと言われるかもしれません。しかし、子ともたちが自分たちの地域の社会、あるいは地域福祉をどのように考えるか、それは、幼い考え方でも、しかしそれを大人の人たちを含めたみんなが一緒になってそこでごくありふれた討議をして積み重ねていけば、その子たちは、将来、地域社会にとってすごく大きな貢献をしていただけるというふうに考えました。ですから、第2、第4土曜日に今もって勉強しております。
そして、もう一つ、この地域福祉計画でおもしろいことを考えました。この策定委員会のメンバーの方が中間の報告の説明を、普通は行政の職員が説明をします。しかし、それをあえてその委員の方たちが説明いたします。ある面では「行政は逃げている」と言われるかもしれません。そういう考え方もあるかもしれない。しかし、策定委員の人が自分たちがつくるものに対してどういう皆さん方がご意見があるかを知り、自分たちの責任でこの計画をつくる。確かに私どもが中間のものを見ますと、私ども行政にとって、ある面ではすごくハードルのきついものです。しかし、それを今後は私ども行政だけが押しつけたわけではなくて、自分たちもそこで何らかの関わりを持ってこの責任を果たしていきたいというふうに考えていらっしゃいます。恐らく、来年の3月議会にこの方たちが、いわゆる総合的なまちづくり条例を自分たちの言葉でつくっていただけるのではないかと、そういうような動きすらございます。自分たちの街は自分たちでという、そういう方向づけをし、地域住民と行政とがパートナーシップ、協同しながらこれからは物事を進めていく、そういうようなことを私どもは考えております。
そういう動きの中で、きょうこちらにも私どもの佐野議員がいらっしゃいますけれども、佐野議員も大変お骨折りをいただきましたけれども、「NPO高浜」という、そういう本市にとって初めてのNPOができるようになりました。これは河川の環境整備ということからスタートをいたしておりますけれども、しかし、それにも増して、そこの中で、自分たちでいろいろな事業の構築をしていただきました。
住民が育てば、今度は私ども行政のこれからの果たす役割は何かと申しますと、私は、ある面ではコーディネートということ、あるいはジャッジメント、こういうことではないかと思います。もちろん行政が責任回避をするわけではございません。しかし、プランニングを含めて、実行に移すいろんなところで市民の皆様方が参加をし、関わっていただく。そうしますと、私どもはいろんなことに対して、このサービスが良いか悪いかという、そういう指数、これを今度は、先ほど申しましたようにジャッジメントする。そういうことが問われてくると思います。
介護保険の始まる平成12年の3月に、私は担当職員にこう申しました。「この新しい制度というもの、この制度がうまくいくも悪くもいくも、最終的に何が問題になるのか、これはサービスの質である」。保険料をいただいておるから、サービスの質がいいか悪いかによって、この介護保険制度、あるいは
3,423円という保険料(私どもは東海一高いということを言われておりますけれども)が本当に価値があるかないか、これを問われるんだ。冒頭でもお話しましたように、この制度が始まるまでの間に、いわゆる自己完結をするだけのサービスのボリューム、いろんなサービスの選択のメニュー、こういうものを取りそろえました。いわゆる施設系サービス、在宅系サービス、需要サービス、こういうものについて、一応の、もし「この品物はございません、うちには用意してございません」と言ったら、お客様からどのようなそしりを受けるか、だったら、サービス供給体制だけはきちっとそろえようということの中で、これを自己完結の中でやるというところまで持ってきました。
今まで行政は、「何々してやる」と、また、「まあ、行政がやることはしょうがないわなあ」でした。しかし、皆さん方も例えば住民票を1通とると、
200円なら
200円というその対価を支払ってそのサービスを購入していらっしゃるわけです。地域社会の中で、これは、例えば皆様方がお住まいのところにしかその住民票はございません。例えば町のコンビニでそれを買おうと思っても買えません。そこまで行って初めて購入をできる。それに対して、ある面では独占というあぐらをかいて、その中でやってきました。しかし、住民の皆様方は、その
200円で購入する以外に税という大変大きな負担をその方たちはしてそのサービスを購入していらっしゃる。そのことを考えたら、いかにしてサービスの良質なものを提供するか、これは介護保険制度の問題だけではなくて、そこに私どもはやはり気づくべきであったというふうに思います。しかし、やはり長い間の、これは明治維新も含めていろんな意味で、戦後大きく変わったといっても、やはりそこには、長い間の、俗に言いますと亀の甲羅のようにしっかりこびりついたこの垢は、なかなか亀の子たわしでも落とすことはできません。よほど金たわしでゴシゴシ、ゴシゴシこすらなければ、この垢は落ちないかもしれません。しかし、それを自らの手でやっていくことをしない限り、私どもは住民の皆様方に良いサービスを提供することができない。そういうことの思いの中で、先ほど申しましたけれども、12年の4月1日に向けて言ったことは、「これから勝負はサービスの質だ。この質をいかに住民の皆様方にいいサービス、『なるほど、これだけの料金を払って俺はいいものを買えたんだ、いいサービスを受けられたんだ』と言っていただけるような、そういうものにしていこう」ということで、介護保険のサービス評価ということをやってきました。
これは、いろんなものを参考にいたしましたけれども、つい最近も名古屋市の方で、連絡協議会の中で、民間事業者がたくさん入りましてやっておられる、そういう評価のシステム、マニュアルができたというふうに聞いておりますけれども、もし皆様方がこういうものがお求めでございましたなら、私どもにおっしゃっていただければ、そういうものがございます。そういうようなもので私どもはやっております。
今、これをやってすごく大きな成果が上がってきました。と申しますのは、サービスの評価というのは誰がしますかというと、私どもは公募の住民の方です。住民の方というのは、3人の方がやってらっしゃいますけれども、みんなその方の生い立ちも生活歴も違います。生活歴が違う方が同じ目線でそれを評価をするということは当然できません。皆さん方のそれぞれの志向が違いますから。その中で、いかにしてまとめていくかということの中で、それを12年の6月ぐらいからスタートいたしまして積み重ねてきまして、だんだんレベルが上がってきました。
そして、つい最近もこういうことがございました。私どもの市立病院に対して、市立病院は、やはり介護療養型のベッドを持っております。これに対して委員の方からすごい大きな指摘をいただいた。それに対して病院長は、あるいはもう一つ、私は病院開設者です。市長といたしまして、保険者であるという立場と、それから市立病院というサービス提供事業者の開設者という2つの立場があります。そういう中で、保険者である市長としてどう考えるか、病院開設者であり、サービス提供事業者である市長としてどう考えるか、こういうような大変きついご指摘をいただきました。
いわゆる自己評価をして、そして第三者評価、こういうことをやっていくシステムです。これから評価というものは、いろんな段階で大切です。サービスだけではなくて、例えばもう今、明年度の予算の策定中でございますけれども、その中でも、この事業は、費用対効果を含めて、どのような住民の皆様方に対してどういう効果があるか、そういうものに対してもし効果がなければ、これはやはりスクラップ・アンド・ビルド、サンセット方式でやっていくとか、いろんなようなことをやっていかなければいけない。
そして私どもは、もう一つ別の都市経営会議という民間の方で私どもの予算を含めたこういう評価をやっていただきました。いろんな意味で評価をしていくのが、これからの時代である。その評価に耐え得るサービスの提供者、保険者であるとか、あるいはまた自治体でなければ、これからの時代はなかなか厳しいではないか。それほど住民の皆様方の目はますます肥えてこられるのではないかというふうに思います。
そういう中で、今、国の小泉総理が特に一番大きくお考えになっている構造改革の問題はもちろんそうですけれども、私どもの一番末端の身近な行政課題というのは何かといいますと、いわゆる過疎の町では少子化でございましょうけれども、私どもにとりましては、今、子育てです。
今、何が政策課題か。私どもは、そういう政策課題というものに対して常に敏感にそれを受けとめて、そしてそれで、じゃあ自分のところはどういうことをしなければいけないか。やはりその折々、首長に任せられた4年の任期の中で、あるいは議会の皆様方もそうです、その議員としての任期の中で、自分が何が政策の課題であるか、これを確実に判断をして、そしてそれに対して、ある時には議員の皆様方からすれば提言もし、提案もし、意見も述べられて、そして自治体と一緒になってそれを執行をしていくという、そういうことがこれからますます求められるのではないかなと思います。私どもはいつも自治体として、あるいは首長として、アンテナを光らせて、そしてそのアンテナに触れたものをいかにしてということを考えていかなければいけないと思います。
先ほどちょっと冒頭にも触れましたけれども、行政は意思決定が遅いと、この意思決定の遅さ、これを今、いろんな組織、あるいは制度を含めて、民のスピードで、これに一緒についていくという所までは、なかなかいかないかもしれませんが、しかしそこに早く到達をすること、民と同じ土俵で勝負ができる、そういう自治体をつくっていかない限り、ある面では、私は住民の皆さん方と自治体、あるいはまた首長と住民、あるいは議員と住民、こういう距離というのは、なかなか埋まらないと思います。
これをしていかなければ、これからの時代で、私は今一番恐れていることは、その街に魅力がなくなれば、住民の皆様方はその街をバイバイしてしまう。私は今、住民が街を選ぶ時代が来つつあるような感じがいたします。私どもは、第4次総合計画のときに「住みたくなる街 高浜」というのをキャッチスレーズにしました。その街に住んでよかった、また他からもこの街に住んでみたいと言われる、そういうものを追い求めていかなければいけない。住民の皆さん方が何をお求めになっていらっしゃるか、それをタイムリーに、旬なときに旬なサービスを提供できる、そういう自治体、これを目指さなければいけないと思っております。
このような事から私は、これから高齢の問題と子育ての問題は、恐らく大半の自治体にとって大きな政策課題になってくると思います。この4月から学校が大きく様変わりします。つい昨日の新聞に、遠山文部科学大臣は、全国の都道府県の教育長、教育委員長の総会で大きく舵を取ったということが載っておりました。ということは、若いお母さん方にとって何が求められているか。確かに総合的ゆとりは得られるかもしれない、しかし、自分の子どもの学力はどうなるんだという、そういう心配から塾ということが起こり得るかもしれません。これはすごく大きな、全然相反することになってしまう。今、若いお母さん方がどれだけこの問題について関心を持っているかも含めて、私どもはいち早くこの問題にタッチをしました。例えば埼玉県志木市は、もうある程度思い切った対策をしている。愛知県では、犬山市の市長さんがいろいろと先手先手と打ってらっしゃる。教育の問題、子育てを含めて、0歳から6歳、就学前の問題と、義務教育、ある面では15歳までのこの問題が、これから末端の市町村にとってはすごく大きな政治の課題になってくるのではないか。そういう問題というものを、私どもはどのように早くその意識を持ち、そしてそれに対してどのように手を打てるか、こういうことがこれから求められるのではないかなと思います。
そのときに、私どもは、金がない、あるいは予算がない、人がない、ないない。これは私の理論ですので、皆様方どういうふうにお考えになるか知りませんけれども、私は、冒頭にもお話しましたように、就任させていただいた元年から1期目の平成5年ぐらいまでは、再開発という問題に関わり、そして2期目から、いわゆる地域の福祉のシステムづくりということで携わってきました。一昨年の4月以降、ほぼこういうことで来てますけれども。首長として、私自身は、自分としては不器用ですので、いろいろなことをたくさん並べてということは、なかなかできません。ですから、高齢社会が来るから、その前に先手を打つということで、再開発の問題を含めて、高齢の問題と連携をさせてやったということです。「人・物・金・情報」とよく言いますけれども、人とかあるいはお金とか、情報とか、こういうものをそちらに重点的にシフトをしました。
今、企業が「生き残るために」ということで、どういうことをお考えになってらっしゃるかというと、経営資源の集中と選択です。これはやはり私ども自治体も同じではないかと思います。首長にとって、うまくお金をばらまくことは、次の選挙に安心して云々という、確かにそれはそうかもしれません。しかし、それをすると、私ども人口3万9,207
人、13平方キロ、一般財政規模
120億円のこの街で、あれもやり、これもやりというのは、薄く広くということは、ある面ではまんべんなく大勢の人たちに、俗に言いますと恩を売るといいますか、いろんな意味でこれが可能かもしれません。しかし、私は、自分の考えとして、「今ここをやらなければ」ということで、企業での選択と集中と同じように、私は政策の絞り込みと言ってますけれども、そこに重点的に特化をする。特化をすることによって、中途半端にしない。抜きん出るものは徹底的に抜きん出る。そういうことをやってきました。これがいいかどうか、これはまた別です。しかし、そういうふうにしなければ、小さな弱小の自治体、ローカル都市は、やはり企業戦争と同じです、生き延びていきたい、生き残っていくためにはどのようにするかという、そういう考え方です。
先日の新聞に、東芝は、半導体の製造を一切やめると載っておりました。確かに半導体は儲かるときにはものすごく儲かる。しかし、ドーンと落ち込めば、もう完全に経営の足を引っ張る。だったら、中途半端なことはやめということのようです。大企業ですら、そういうような思い切った考え方でなければ、この激しい、しかも早いテンポの時代を生き抜くことはできない。先ほども同じようなことを申しましたけれども、行政も自治体も、早いテンポの今、だんだん、だんだんその渦中に取り込まれているということだと思います。構造改革、あるいは規制緩和を含めて、いろんな壁が少しずつ少しずつはがされていく中で、いわゆる放り出されるわけです。その放り出されたときに、どのように強い足腰を持つか、それには、強いものを徹底的に強く伸ばしておくこと、これが生き残る道だというふうに考えています。これはいろいろ考え方があるかもしれませんので、またご批判していただければ結構ですが、そんなような考え方できております。
もう一つ、私は福祉ということに対して、私は実は、今、私の考え方は、「福祉の」ではなくて「福祉で」という切り口でまちづくりをしています。福祉というものは、従来のイメージは、いわゆるお情けだとかお与えだとか、恵まれないとか、いろんな意味で「何々してやる」、要するに上から下へという、この目線だったと思います。そうではないということです。そして、福祉という切り口で新しいこれからのまちづくりが出来上がる。まちづくりというのは、今までの概念で、道路とかということを含めていわゆるハード的にとらえるかもしれません。しかし私は、福祉というものの切り口によって、ここに住民がどのように関わっていくまちづくりができるか、いわゆるコミュニティができるかということ。そのコミュニティを、「福祉で」それをつくり上げていく。福祉の切り口でというふうに。
(B面へ)
それをどのように切り崩していくかというと、皆様方のレジュメにもありますように、例えば、まちの大工さんが介護保険の住宅改修ですごく大きな役割を果たし、そしてそれが自分の新たなお客様もつくり、あるいはまたそこで学んだいろんな知識が、これから家を建てるときの一つのまた設計図をひくときの大きな要素になる。あるいは、まちの飲食店が配食サービスによって、毎日約
100食、年間3万から4万食ですけれど、約 1,500万から
1,600万の金が、何もしなければそのお店屋さんの皆さん方には落ちないけれども、それによってお金が落ちるわけです。いろんな意味で、福祉という切り口によって、地域の中でコミュニティのビジネスができる。地域社会の中にそういうお店屋さんがなくなってしまったら、どれほど暮らしにくいか。福祉というものを、そういう切り口で、そこに大勢の関わりがあるということは、雇用の問題もあります。今までの皆様方の福祉というものに対するイメージ、かわいそうだとか、金食い虫だとか、そういうイメージを持って、セメントや鉄で造る物の方が価値を生むというふうにお思いかもしれませんけれども、そうではないというふうに一度皆様方お考えいただく、そういうきっかけになっていただければと思います。
いわゆる産業連関表で申しますならば、公共事業では、一次効果、二次効果で例えば1億のものが1億
7,000万から
8,000万になる。福祉でも、例えば特別養護老人ホームが出来上がることによって、一次、二次、三次、四次というその波及効果からいったら、同じように1億
7,000万から
8,000万の効果を生むのです。そしてそれは、その施設がある限り、そこに雇用を含めて地域の、例えばごく普通のお米屋さんから八百屋さんから魚屋さん、そういうところにお金が回る。いわゆる循環型の地域経済社会をつくることができるというふうに考えていただきますと、すごく大きなビジネスがそこに横たわっております。「福祉で」という意味は、そういうような考え方でこれを一つの切り口として今までやってきました。また、先ほど申しました地域福祉計画の中で、これを同じような切り口で、最終的には、私は安居楽業(安らかに生活して各々がその生業を楽しむ)と申しますけれども、居住福祉という、そういう中で地域社会がうまく成り立っていけばというようなことを考えております。
与えられました時間がちょうど来ました。雑駁な話で、早口で申し上げましたけれども、これで締めにさせていただきます。大変ご静聴ありがとうございました。(拍手)
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