皆様
こんにちは。中部国際空港株式会社の平野でございます。
先ほど倉知先生から大変なご注文をいただきまして、だんだん気が重くなってきております。2005年3月の開港に向けてプロジェクトそのものが動いている中で、私たちも一生懸命頑張っております。その苦労話をお聞きいただければと思い、ご説明をさせていただきます。
倉知先生から、「どういう決断をしたのか」というご質問がございましたので、最初にそれをお話ししたいと思います。
特別なことは何もございません。私自身
空港プロジェクトがどんなものなのかもよくわかりませんでした。勿論、「今までの仕事とは全く違うな」という事だけは判っておりましたので、何回も何回もお断りしたのですが、最後は「何を言っているのだ」と言われて引き受けたという経過がございます。当時、私は関東自動車という会社の社長をしておりまして、空港会社の社長の話があったのは、3年前の2月25日だったと思います。どうして覚えているのかと申しますと、2月25日は私の誕生日です。その日の夜に、当時のトヨタの奥田社長から「空港会社の社長をやらないか」という電話がかかってきまして、「いや、とてもそんな柄じゃないですから」とお断りしました。翌朝、今度は豊田章一郎会長から電話がかってきまして、その時にも「いや、とてもそういう柄ではありませんから」と、改めてお断りいたしました。会社に出社しましたら、今度は、現在、名商の会頭を努めておられる磯村さん、当時トヨタの副社長だったと思いますけれども、電話がかかってきまして、「お前、何を言っているのだ。もう発表しちゃったからだめだぞ。断れないぞ。」と、これで決まったというのが実情です。
空港会社の社長について、仕事の中身は勿論
知りませんでした。それから、<中部国際空港がどういう空港か>という事につきましても、実は、あまり承知しておりませんでした。と申しますのは、関東自動車の前はイギリスでトヨタの生産会社の社長をやっておりまして、5年間向こうに駐在し、帰国後は鎌倉に住みました。中部地方のプロジェクトについて、この地域では毎日のようにテレビや新聞に出ておりますが、イギリスでは全く出ませんし関東地方でもほとんど話題にならないというのが実情です。
そのため、空港プロジェクトをあまり知らなかったのですが、社長就任以来3年間、皆様に助けていただきながら何とかやってきました。今では、この
中部国際空港を造り、運営するプロジェクトにのめり込んでいます。本当にいい仕事をさせていただいた事に感謝しております。大きな夢とやりがいがあり、かつ
チャレンジンクなプロジェクトだと思っています。チャレンジングという事は、言いかえますと非常に難しい、常識的に考えれば、時期的にも、予算面でも、達成不可能なぐらい困難な仕事です。それを社員全員が何とか成し遂げようと総力を挙げて取り組んでいるのが現状です。
今日は、杉浦正健先生からは「プロジェクトの概要について話して欲しい」というお話だったのですが、事務局の方との打ち合わせの結果では、そういう事ではなくて、講師では<企業人として私が初めて>なので、「経営者としての考え方を聞きたい」とのお話がありました。したがいまして、プロジェクトの概要をご紹介しながら、その過程で「組織の運営」や、「リーダーシップのあり方」について<どの様なことに気を使いながらプロジェクトを進めているか>というお話しさせていただきたいと思います。
事務局の方とのお話の中でありました「マネージメントの心構え」の様な話は、大変難しくそれが判れば、またその解答があるならば誰も苦労しません。会社の状況、プロジェクトの状況、社会の環境、いろんな条件が一つ一つ違います。その中でどう対応していくか、まさに<悪戦苦闘>・<試行錯誤>の連続です。『こうやればリーダーシップが発揮できる』という答えがあるのでしたら、「そんな簡単なことはない」と思っております。ですから、私が今からお話する事は、『こういう気持ちでやっている』という事で、決して私のやり方が正しいというわけではありません。お蔭様で私どものプロジェクトは現在、順調に進んでおりますから、結果はいずれ出てきます。この結果についても
今後ともずっとご関心をお持ちいただいてご批判をいただければと思っております。
中部国際空港株式会社は、国と地方自治体、それから民間の30以上の組織から人が集まってきております。現在、社員数は260名強です。30で割算をすると、一つの組織から8名〜9名になります。それほどいろいろな組織からたくさんの人を派遣していただいている事でして、結果として、自分の上司も部下も、あるいは机の隣に座っている人も、皆さんそれぞれ別の組織から来ていると考えた方がいいわけです。
そして何が起こるかと言いますと、社員一人一人の出身母体の風土や伝統が違い、それをみんなが引きずってきています。規則で書けるような項目は、文書で表せばいいのですが、そうでない部分で微妙に違う事がしばしば起こります。例えば、<上下のコミュニケーションの問題>。上の人が言った事に対して下はどのくらい反発するのか、下はどのくらい上の人に対して提案をするのかという事。それから<左右のコミュニケーションの問題>。組織間や、関連はあるけれども直接仕事での上下関係はない人とどの程度のよいコミュニケーションを図るのか。あるいは<意思決定のスピードの問題>。それから、<結果を重視するのか、プロセスを重視するのかという問題>。プロセスが完璧で結果が完璧なら、これは文句ありませんが、普通そうはうまくいきません。いろいろなプロセスについてキチッとやろうと思うと時間がかかり遅くなってしまいます。あるいは、よい結果が出ないかもしれません。結果を一番重視して進めると、後でいろいろな問題が起こる事があります。こういう事はよく経験されると思いますが、その辺の微妙な所が隣の人とみんな違うのです。上司と部下の関係も違います。だから、上司が「これすぐにやってよ」と言った時に、部下は<すぐやったつもり>でも「すぐ」という時間が、上司から見ると「すぐ」ではない事がよくあります。
他に幾らでもこのような事例がありますが、<前例を重視するのか、前例は捨てるのか>。これは組織によっても顕著に差が出てまいります。何かをやりたいという時に、「前例があるのか」と上の人に聞かれ、「いや、これは例がないですよ」と答えると、「それじゃ止めておけ」と言う上司と、「前例がある」と説明すると、「そんなものはもう止めておけ、人の二番煎じは止めろ」と、全く逆の事があるわけです。
これがイギリスの工場の時には、もう完全に違いました。例えば、上司と部下の関係がまったく違います。上司は通常
部下に対して人事権を持っており、部下を採用したり、辞めさせたりする事ができるのです。それから予算を持っています。情報も、必要な情報だけを下に与えます。ですから、部下というのは、上司の言うことを聞かなかったら辞めさせられます。上司は誰の目にもわかる力を持っていて、それで部下を使うという事になります。イギリスで私がやったのは、「お前の人事権は取るよ」という事です。つまり、<採用するか>・<辞めさせるか>は課長の権限ではない。それは人事部の仕事だから、もう与えられた人間を使えと人事権を取り上げました。それから予算は、会社で審議して会社で決める。したがって、課長も予算を与えられているのであって、自分で自由にできるわけではないよという事をやったわけです。その結果イギリス人の上司は大変困るわけです。今まで自分は「何かあったら、また気に入らない人は辞めさせられる」と思っていたのが、それができなくなりました。完全に上下の関係が違うのです。
それだけ違いますと、イギリス人と日本人のマネージメントのやり方がお互いにはっきり判るのでいいのですが、先ほどの話は、微妙に違うという事なのです。これが実は非常に難しい問題だと思っていました。
結局、何をやったのか。たいした解決方法があるわけではなくて、みんなで頻繁に話し合いをしました。最初は、物の買い方一つから、何日間もかけて議論をしました。それからもう一つは、目標をはっきり示すということです。目標がはっきりしていれば、今
言いましたように風土が違っていても、必ず協力できるところ、一致できるところがあります。だから、途中でスピートが遅いじゃないかとか、手続がおかしいぞとか、いろんな話はあるわけですが、目標がはっきりしていれば、皆が使命感を持って目標達成のために努力します。こういう形ができれば、先ほど言いましたようなことは乗り越えられます。むしろ、『いろんな組織がいろんなやり方をやっているんだなあ』とわかった分だけプラスになると思います。
実は最近、万博との比較で、これはなかなかいいなと思った話がありました。一つは、「万博と比べて空港プロジェクトというのは単純でいいですね」とある人に言われたのですね。何が単純でいいのか?「空港プロジェクトというのは、単に空港を造ればいいのでしょう。万博は大変だ。」という話がありました。私から見ると、空港を造るのも万博のパビリオンを造るのも同じことだろうと思っているわけですけれど。ただ、周りの人からは「単純でいいね」と、言われたわけです。それから、「万博というのは寄合所帯だから大変なんだよね」と、こういう話も出てきました。考えてみると、空港会社だって、先ほど言いましたように30以上の組織から人が来ていますが、それが寄合所帯ではないと周りの人に思われたのかなと。もしそうだとすれば「これは大変なものだなあ」と、自分で思っているわけです。こんな声が一、二聞かれるようになってまいりました。
万博との関係について申し上げますと、空港と万博は直接的な関係はありません。万博のためだけに造る空港ではなく空港は将来とも永久に使うわけです。万博と空港はもちつもたれつの関係にあるというのか、二つが同じ頃できるわけですから、空港プロジェクトは万博に後押されているという側面があります。つまり、「万博が2005年の3月25日にオープンするので、空港はそれまでに是非とも間に合わせなければならない。」こういう考え方があります。直接的な関係はありませんが、「せっかくオープンするのだから万博の前に開港しろ」と背中を押されているという面があります。万博には世界中から沢山のお客様が来られます。こんないいビジネス・チャンスを逃す手はないと思いますので私どもは<万博に先立って開港しよう>と頑張っています。
前置きはこれまでにして、これから中部国際空港の概要につきましてご説明し、どのような考え方で進めてきたかということをお話しさせていただきます。
これまでの歩みですが、経過について詳しく申し上げるつもりはありませんが、地元の長年にわたる地道な努力が国家プロジェクトを生み出しました。この事を強調しておきたいと思います。1985年に中部国際空港のプロジェクトを推進する大きな組織が二つできております。この組織ができるずっと以前から、この組織をつくろうという活動があったわけで、そこを基点に数えますと、さらにもっともっと昔から地元の方々が地道に努力をしていました。
中部国際空港がどうして必要かということについて振り返ってみたいと思います。名古屋空港の飛行機の離着陸は、21世紀の初頭には限界になります。それから名古屋空港を利用する旅客数も、21世紀の初頭には限界になります。
今スタートして2005年に開港するというのは、非常にいいタイミングを選んでいただいたと思っております。
もう一つここで申し上げておきたいのは、先ほど中部空港調査会ができたのが85年と申し上げました。85年の名古屋空港の需要は大体
300万人ぐらいでした。その時に、21世紀の初頭をにらんでこのプロジェクトを起こした事が、実は意味があると思います。ところが、現在、実際の需要がここまで来ていても、「中部国際空港は要らないのではないか」と言う人もおられるくらいで、そういう議論と比べてこの時期に「国際空港が必要である」といって活動をした人達は、非常に先見の明があったわけです。地域の将来のことを考えた時、当然のことですが、一年や二年先ではなくて十年、二十年先のことを見る必要があります。そういう意味からも、このプロジェクトを進められた人達に大きな敬意を表すべきだと思っております。
それから、中部地区の航空貨物の名古屋空港利用率ですが、中部を生産地とする輸出貨物。日本全体の20%がこの地域で生産されているわけですが、そのうちの57%が成田経由、26%が関空経由です。中部地区で生産されて名古屋空港から輸出される貨物は15%しかないという事です。次に中部地区で消費される輸入品ですが、やはり同じように成田・関空経由が非常に多くて、名古屋空港から入ってくる貨物は少ない。この一つをとってみましても、この地域は大変なハンディキャップを背負っていると言えます。今日
生産した輸出品は、名古屋空港から出ていけばその日の夜の便に乗せることができますが、成田から出るとなると、今日
生産したものは、その夜、成田まで横持ちされ、その次の日の便に乗せるという事になりますから、大変なロスになっています。
名古屋空港の貨物の利用率が非常に低い理由は、三つあります。一つは、
<夜間に飛べない>という事です。名古屋空港は朝の7時から夜9時までしか使えません。それからもう一つは、<滑走路が短い>という事です。貨物専用便は非常に重く、また旅客便に貨物を乗せる場合でも、名古屋空港は滑走路が短いため貨物を満載できず、少し空間を残したまま飛び立たなければいけないのです。それからもう一つは、<空港が住宅地にあり、貨物の荷捌き場が狭い>事です。これらの理由で大きなハンディキャップを背負っています。
次に、中部国際空港の概要についてお話ししたいと思います。
多くは皆様ご存じだと思いますが、まず分類が第1種空港となっております。国際航空路線に必要な空港というのが第1種空港の定義で、現在、日本には四つあります。成田、羽田、それから関西空港、伊丹です。中部国際空港は五つ目の国際空港になります。しかし事実上、羽田と伊丹は国内線専用ですから、成田、関西空港とともに三つの主要国際空港の一つになるという事です。
それからもう一つ、
3500メーターの滑走路1本という事ですが、この
3500メーターという滑走路の長さは、ジャンボ機が、フルロードと言いますけれど、荷物や燃料を満載して飛び立つのに必要な滑走路の長さです。
今は成田に
4000メーターが1本、関西空港に
3500メーターが1本あります。中部が3本目の3500メーター以上の滑走路となります。
それから、運用時間が24時間。これも非常に重要で、世界各地との関連、あるいは旅客と貨物など、いろいろのバリエーションを考えますと、運用時間に制限があるという事は大変不利になります。
それからアクセスですが、現在
高速道路と鉄道が名古屋の都心から約30分で空港に直接入れるように鋭意進めていただいております。知多横断道路の整備、名鉄常滑線の延伸。その他に第2名神、第2東名、それから東海環状自動車道、名古屋の第2環状道路など、主要な道路が開港までに間に合うよう取り組んでいただいております。
成田よりも関西空港よりもアクセスの面でははるかに便利な空港になります。
突然PFIという言葉が出てきましてお分かりにくいかと思いますが、実は、1997年末に<PFIの手法を活用した中部国際空港の整備促進>という事が、第2次緊急国民経済対策で取り上げられました。長年の地道な努力などいろいろ申し上げましたが、これによりプロジェクトが急加速されました。このPFIが出てきたのが一つの理由です。それからもう一つは、2005年の
万博開催が決まった事。この二つの事が重なりまして、「中部国際空港を
2005年の万博開催に合わせオープンしよう。」となった訳です。
PFIは、プライベート・ファイナンス・イニシアチブの略語で、イギリスで始まった民間主導による社会資本整備の手法です。国の予算ではなくて、民間資本を導入し、ビジネスとして社会資本を整備するものです。イギリスでは、橋や道路だけではなく刑務所の様な施設も民間が手がけています。特にイギリスでは、民間でやれるものは国・自治体は手を引くという傾向が非常にはっきりしております。ビジネスとして成り立つものはできるだけ民間に移そうという事で、PFIの手法が非常に盛んになってきました。
日本でも以前に中曾根民活と言われたよく似た手法がありまして、ちょうどその時に関西空港が特殊法人としてスタートしました。
中部国際空港は、商法上の民間会社の「中部国際空港株式会社」が空港の建設と運営を行なうという位置づけでスタートしました。これは画期的な事です。先ほど、株式会社が空港の建設をする事は非常に珍しいというお話いたしましたが、これは日本ではもちろん最初でありますし、国際的に見てもほとんど例がないやり方です。
私たちは、このプロジェクトを<PFIの先導的プロジェクト>と称しております。先導的と名付けておりますのは、PFI法成立が1999年の7月で中部国際空港株式会社の設立は98年ですから、法律制定前にPFIの精神にのっとってスタートしたという意味です。
羽田や伊丹などは、「空港の設置・運営の管理者」は、国土交通大臣です。成田で初めて公団が運営し、関西空港が特殊法人の株式会社になり、それから中部国際空港が、指定会社となっております。指定会社というのは、民間の株式会社が「中部国際空港の建設や運営をしたい」と手を挙げて、それを国土交通大臣から「じゃあ、あなたやりなさい」と指定されたという意味で、非常にユニークです。
特殊法人と民間株式会社というのは、完全に違っております。例えば赤字を出し続けると民間会社は、ご存じのように破産し、潰れてしまいます。それが一番大きな違いだと思います。運営も相当違いまして、私たちは、民間会社ですから、当然、民間的な運営をするという事です。
空港の設置と管理運営は、もともと国がやっていましたから、それが公団になり、特殊法人の株式会社になり、民間の株式会社になったという事で、だんだん民営化されてきたという見方ができます。今、小泉内閣による特殊法人見直しが話題になっております。この方針は、つい最近出てきたものですが、「私たちのプロジェクトがうまくいけば成功事例として位置づけられる可能性もある。」と思って頑張っております。
会社の体制ですが、まず人数を説明しますと、現在、国が91名、地方自治体が83名、民間が81名、プロパーの人が9名、計
264名です。
ちょうど国、地方自治体、民間が、大雑把に言って3分の1ずつです。
役員は取締役8名のうち5名が民間出身です。会長と社長が民間出身者ですから民間色が非常に強く出ています。
それから、事業スキームは、資本金の構成は国が40%、地方自治体が
10%、民間が50%です。総事業費は
7680億円です。
最初に寄合所帯で風土が違うと言いましたけれど、
264名で30を超える出身母体があります。
先ほど、風土が微妙に違うというのが問題だという事を申し上げましたが、実は、もっと大きな問題があります。それは社外の人が当社をどう見ているかという事です。民間会社でありながら、資本は国、地方自治体、民間から出ているし、人材もそれぞれから派遣されています。それから、事業対象が極めて公共性の高い空港建設の運営です。我々をどの程度
民間会社と見てくれるのか、あるいは、どのくらい公の事業と見られているのかという事が、見る相手によって違っています。つまらない話ですが、お役所に行くと名刺受けというのがあります。何々部、何々部とあって、そこに何かしらないけれど名刺を置いてくるのですね。会社の創立直後は、当社も完全に役所と見られていたらしくて、いっぱい名刺が置かれました。みんなで考えたのですよ。「これは何だ?」。「どういう意味があるのか?」。「役所でその名刺をどう取り扱っているのか?」。
たくさん名刺を置いていけば、「おお、あそこはなかなか熱心だ」と、評価するところもあるという話は聞いていますが、「本当に名刺をたくさん入れたところは熱心な会社なのだろうか?」「我々は何を買うのか?」「やはり良い製品とか良い知恵、良い提案を買うのであって、名刺で熱心さを表すようなものを買うのはおかしいじゃないか」と。<物の買い方を何日間もかかって議論した>という中の一つはそれであります。
こういう事で、「名刺はいただきません」とやったのです。最初の頃はいろいろな意見がありましたが、定着してからは誰も名刺を置いていかなくなりました。ところが最近、また置いていく人、あるいは受け取る社員が出てきたのですね。こっちも代替わりしちゃったんです。いろいろな所から来てくれた一期生の人達が、もう3年経ったので大半が帰っていきました。
一期生は議論に参加したり、経緯を知っていますから、受け取らなかったのですが、二期生に代わったらまた名刺をもらい始めました。「これはいかん」と思っています。「名刺をもらうな」なんていう事は規則に書いていません。
いわば風土みたいなものなのです。これを命令として「名刺をもらうな」と言う事は簡単ですが、それでは意味がわかりません。「なぜ名刺をもらわないのか」。その意味は、我々は<名刺の枚数>で熱心さを測るのではなくて、本当の良い提案をいただきたいという事です。この事をもう一度社員全員に徹底しなおさなければいけないと思っています。
会社運営のポイントをまとめますと、今申し上げましたように、一番の特徴は、多数の母体からの出向者で構成されているという事です。運営のポイントは、「基本理念を策定する」「目標を明確化する」「情報の共有化する」という事です。
「目標の明確化」は、先ほどご説明申し上げました。
「基本理念の策定」は、そもそも当社は<何のために存在するのか>、あるいは<何をやるのか>を文書ではっきりしようという狙いです。
それからもう一つは、「情報の共有化」です。
伝統のある組織ではそれなりの情報の伝達ルートというのが出来上がっていますが、当社は何もありませんでした。黙って座っていたらどこからも何も情報は来ません。お互いが情報をもらう、あげるという事について意識してやりましょうと言う事をやったわけです。
基本理念ですが、当たり前の事が書いてあります。「世界の最新技術と知識を結集し、21世紀にふさわしい利便性・経済性にすぐれた競争力のある国際ハブ空港づくりに努める」・「お客様第一主義を旨とし、魅力あるサービスの提供を通じて21世紀の国内外の航空ネットワーク発展に寄与する」・「地域に根づいた企業として環境への配慮に努め、豊かな地域社会づくりに貢献する」・「オープンでフェアを企業行動の基本とし、社会から信頼される企業となる」・「効率的な事業運営に努め、健全経営を実現し、人材の育成に努める」。
これらをご覧になれば当たり前の事じゃないかと言われると思います。
「お客様第一主義」と書いてありますが、これも当然と言えば当然ですが、「お客様」というのは一体誰なのか?。空港には飛行機に乗る人がいます。いわゆるパッセンジャーですね。それから航空会社があります。お店もあります。その他いろいろなお客様がおります。すべての人の利害が常に共通という事はなくて、多くの場合は対立しています。エアラインとパッセンジャーと利害が対立した時にはどっちが本当のお客様だろうか?。こういう事態が起こるとなかなかやっかいな事になります。当たり前ですが、「誰が本当のお客様か」という事を常に基本に立ち返って考える必要があります。私たちは「実際に飛行機を使われる人、飛行機に乗ったり降りたりする人が最終的なお客様である」という考え方を徹底していこうと考えています。
次に私たちの課題をお話したいと思います。
当面の課題は、<2005年3月の開港>です。ご存知の通り、2000年8月に護岸工事を始め、2001年3月に概成し埋立工事に入っております。次のステップは旅客ターミナルビル等の建設工事です。これを2002年の年初から着手する目標で進めております。2002年年初に着手できれば、2005年3月の開港は間に合います。去年のちょうど今頃は、漁業補償交渉が最後の山場で、新聞で大きく取り扱われてご心配をおかけしました。そのため着工が約半年遅れ8月までずれ込みましたが、今までに2か月半ほど遅れを挽回しております。あと3〜4か月の遅れがあるわけです。去年の年初から計画通り着手していても2005年3月の開港は難しいと言われた専門家の先生方がたくさんおられます。先ほどチャレンジングと言った理由の一つはそこにあるわけです。「漁業補償交渉が順調に進んでも2005年3月は難しい。それが遅れたので、ほとんどダメだ」と土木工学の先生方に言われましたが、「何とか間に合わせよう」と必死で頑張っています。
空港島には空港会社が担当する部分と愛知県企業庁が造成する部分があります。空港会社の部分は、
470ヘクタールのうち70ヘクタール程度がすでに陸地になっております。
中長期的課題は、民間会社が赤字を出せば潰れてしまうという事から、<採算性の確保>です。空港の着陸料、これが新聞によく出ますが実は航空会社が空港を使う時の費用は、着陸料だけでなくて燃料代や施設の使用料、事務所の部屋代など、他にもたくさんあります。空港使用料の象徴として着陸料が話題になっているのです。
着陸料で世界一高いのが成田=94万円。二番目の関西空港は90万円を01年4月に82万円に下げました。それから名古屋、福岡、新千歳、が48万円です。名古屋空港は実は最近まで70万円だったのですが、48万円に下げたいう経過があります。それでは私たちが着陸料をいくらに設定できるのか。できるだけ安くしたいのですが、現在の名古屋空港でも世界的には極めて高いレベルで、私たちも非常に苦慮しているのが現状です。
<採算性の確保>という面から見ますと、取り組むべき課題は、次の三つになります。一つは「固定費の削減」つまり建設費の削減です。二つ目は、「変動費の削減」です。変動費で一番わかりやすいのは人件費です。それからもう一つの取り組みは、「収入をいかに増加させるか」です。着陸料などの航空系の収入を増大するには便数をどれだけ確保できるかが重要です。また非航空系の収入を増やすために、商業収入つまり空港内のレストランやお店からの収入を増やす事を考えています。
「固定費の削減」は、チャレンジングな項目の一つです。7680億円という事業費がありますが、このプロジェクトをスタートさせた時の事務次官が名古屋で講演され、「このプロジェクトが
7680億円に納まったら革命的だ」と言われました。つまり、そのくらいこの数字が厳しいという事です。日程が厳しいと申し上げましたが、7680億円という事業費も大変厳しい数字です。しかし、これを何がなんでも達成しようと頑張っております。
次に、中部国際空港のインパクトについてご説明します。ここに項目を出しましたが経済的効果、国際競争力の強化、社会文化面でのインパクトなどがあります。この事は私たちが申し上げるより皆様が「いかに空港というものを、あるいは空港プロジェクトをうまく活用するか」という事だろうと思います。私たちも私たちなりにいろいろ考えておりますが、この場ではそういう問題提起に止めたいと思います。
それから、話があっちこっちに飛んで申し訳ありませんが、中部の経済規模は、イタリアとカナダの間に入るぐらいの規模です。非常に大きな経済規模を持つ地域であることがお分かりいただけると思います。何を言いたいかと申しますと、「この地域に中部国際空港ぐらいの国際空港があって然るべきだ。中部地域より経済規模の小さいカナダ、スペイン、韓国、オーストラリアなどの各国には、大きな国際空港があるわけですから、中部で今建設を始めたのではむしろ遅すぎるぐらいだ。」という事です。
それから、中部国際空港建設にともなう経済効果につきましては、東海総研が開港前と開港後に分けて試算しており、そのデータによりますと極めて大きな経済効果があります。
それから、アジア各国で大規模空港が続々と開港しています。
韓国のインチョン国際空港は、2001年3月29日にオープンいたしました。私も見に行ってきたのですが、中部国際空港の面積は470ヘクタールで、
インチョン国際空港は四千数百ヘクタールです。ちょうど中部の10倍の規模です。将来は1億人の旅客を取り扱いたいと言っております。1億人が利用する空港は、今、世界中でありません。世界のNO1がアトランタ(米)で8000万人、2位がシカゴ(米)のオヘア空港で
7000万人強です。
インチョン空港の計画がいかに壮大かという事がお分かりになると思います。彼らは、航空需要が今後も順調に伸びると見ているわけです。IATA(国際航空運送協会)が、そのような予測をしております。しかも、その伸びの中心はアジアであるという予測です。その伸びをどこの空港が吸収するのか?
各国とも国際航空ネットワークの<主要拠点となるのか>、<ローカル線に甘んじるのか>で、将来の文化的、社会的、あるいは経済的なインパクトの大きさが非常に違うと思っており、今のうちに巨大空港を造ってハブ化する事を目指しています。インチョン国際空港は、韓国内のお客さんを狙っているというよりも、むしろ日本のお客さんを狙っているのではないかと思います。大韓航空は日本各地の地方空港に乗り入れています。そこからソウルにお客を集めて、ソウルからアメリカやヨーロッパに飛んでいく、このような事を考えています。
日本の国際空港は、先ほど申し上げました通り、成田が4000メーターの滑走路1本、そして今2本目=2180メーターを造っているわけです。それから関西空港に3500メーターの滑走路が一本あります。
そして4000メーターの滑走路をもう1本建設する2期工事に着手しておりまして完成は2007年の予定です。
このような状況のもとで中部国際空港の建設を進めています。
私たちは、地元の方々からは非常に大きなご期待をいただいておりますが、やはり地元のご支援だけではだめで、当然の事、中央の人達からも大きなご支持をいただけるよう一層の努力をしなければなりません。
それからもう一つ、空港は、これも当たり前の話でありますが、飛行機が飛び立ったら必ずどこかの空港に降りるわけですから、世界各地からもサポートされなければ成り立ちません。私自身もアメリカ、ヨーロッパ、東南アジアなど、各国の航空会社にセールスに行ったり、いろいろな理解活動をしておりますが、世界の航空会社の方々からサポートされなければならないという事を痛感いたしております。その意味で、中部国際空港の建設・運営は極めて関係者の多い、また非常に難しいプロジェクトです。本当にチャレンジングなプロジェクトだと思っております。
以上でご説明を終わらせていただきますが、短い時間の中でプロジェクトの概要と空港会社の運営について十分お伝えできたかどうか心配しております。、「2005年3月の開港」・「7680億円の事業費をキープ」という二つの大きな課題を成しとげ、それから同時に、<中部国際空港が世界中の人に支持されて大きく育っていく事>が、私たちの使命だと思っております。このプロジェクトは愛知万博とともに中部地域の二大プロジェクトです。皆様に今後とも大きな関心を持ち続けていただきたいと思いますし、ぜひ応援をお願いしたいと思います。
雑駁なお話で申し訳ございませんでしたが、これでご説明を終わらせていただきます。どうもご静聴ありがとうございました。(拍手)