スタッフブログ

2018.08.25

テーマ: ① 石破茂衆議院議員の講演を踏まえて
題: 人口減少に備えた経済構造・行財政改革


 石破茂衆議院議員の講演におけるトピックの内、人口減少という政策課題についてどのように対応をするのが良いのかを論じたい。
 石破茂衆議院議員は今回の講演で政策課題として、主に、人口減少、大災害、経済対策の3つを挙げられていた。婚姻率が最も高い東京が、一番出生率が高い現状、また、フランスが出生率を上げることができた事例を挙げられ、我が国でも出生率を上げる政策の必要性について説かれていた。確かに、少子高齢化社会において少子化対策は長期的な国力の観点から不断の打ち手が必要であり、民間と政府の協調が求められる長期的な政策テーマである。
 もっとも、少子化対策の政策を講じつつも、一方で、人口減少を所与とした経済構造・行財政改革も必要であるというのが私の持論である。経営戦略の考え方の一つにシナリオプランニングというものがある。将来起こり得る環境変化に対してシナリオを複数用意して、各シナリオへの対応を考察する手法だ。少子化対策に取り組む、または外国人労働者の受入を増やす等、若年人口・生産人口の向上策の手を打っても、政策効果が僅少等の効果が得られない場合も想定される。そうしたシナリオを前提した発想の転換をして、人口減少でも経済成長可能な経済社会の実行も必要ではないだろうか。
 具体的な手段として、例えば、自動車産業であれば、国内自動車台数の減少を前提とした生産設備の合理化に係る減税策、自動車産業のバリューチェーンにおける付加価値移転(モノづくりからサービスへ)に対応するための規制緩和である。人口が減少すれば生産台数を減らす必要がある。過剰設備があっては高コストになりかねない。また、同産業は自動運転等の100年に1度の産業変革により、「移動するための手段」から「移動の際にどのような過ごすか」と付加価値を生み出すチェーンが移り変わる。このような消費者の多種多様なニーズに応えられる産業構造改革が求められる。行財政改革で言えば、中央政府と地方自治体(都道府県・市町村)の行政機能のスリム化と効率化も検討すべきテーマである。
 人口減少のスピードを緩やかにする政策の必要性に議論の余地はないが、それに対する政策効果が乏しい場合のシナリオに備えた打ち手、つまり、「Shrink to grow」または「Shrink and Grow」も有効手段であると考える。


2018.08.25

題  テーマ① 激変する日本を取り巻く外交・安全保障環境

 6月講座で、私は生まれて初めて日本の外交安全保障に直接携わっている方から直接話を聴くことができた。軍事力の技術革新やそのスピードに、私を含め国民の意識はついていけていないのではないかと感じるとともに、第一線でそれに対応した外交を繰り広げ国民の理解を得ようと必死に取り組む薗浦衆議院議員の講演からは緊迫感を感じた。
 このレポートでは、講座内容を踏まえ、今の日本の外交・安全保障に必要なものは「国民の適切な現状認識」ではないかということについて私なりに考えてみたい。
 世界を取り巻く情報化社会は激変している。例えばマネーの流れひとつ取っても仮想通貨の出現やキャッシュレスが主流となりつつあり、13億を超える人口の中国では、7割から8割がアプリ決済を利用しており、瞬時に世界中で多額のマネーが飛び交う。国境も通貨もそこには存在しない。情報の高速化があっという間に世界を飲み込み、おそらく軍事マネーを含む軍事力においても、各国のグローバルなパワーバランスは変化しつづけており、技術革新の急速な進展、大量破壊兵器や弾道ミサイルの開発及び拡散、国際テロなどの脅威に、世界中が瞬時にさらされるようになった。
 たとえ日本が平和主義を理想高く掲げ、他国への侵略などは微塵も考えていなくても、日米関係が揺らいだ民主党政権時代に、あっという間に日本周辺の領海を巡って、中国が尖閣諸島、韓国が竹島、ロシアが国後島に圧力をかけてきたように、世界は軍事力をかざして日本にやってくる。この世界の流れの速さと強さに日本の個別的自衛権が有効に機能しているかというと、弾道ミサイル防衛システムさえ最新システムではなく、米国の庇護がなければ国民の安全は確保できない状況である。
 つい数ヶ月前まで北朝鮮の弾道ミサイルが日本の上空を何度か通過する危機的状況の中、日本海における日本の海域を日本が自分で守る軍備がない以上、日米同盟を盾に脅威がおよぶことを未然に防ぐことが必要不可欠であり、日本海での有事の際、米軍への後方支援を憲法の解釈の範囲内で即座に行えるようにしなくてはならない。
 そして杉浦名誉学長も指摘したように、まずは日本がどのような国かを国民は認識すべきである。面積が小さく、資源が乏しく、軍隊を持たない、いわゆる大国ではないということを。日本国内は変わらず平和であり、まだ現金決済が主流であるし、情報革命により労働時間が減少した諸外国に比べ、労働時間は相変わらず長く、世界の情報化社会の流れについていけていないため、日本を取り巻く各国の軍事状況についても認識できないいわゆる平和ボケの状態であると思われる。そのため、平和安全法制整備法や特定秘密保護法制定の際、その必要性が現状を踏まえた上で国民に認識されず、70年前の世界の軍事力の力や速度を前提に平和主義だけを掲げるような流れが報道されていたように思う。
 国民の安全を守るために、政治家や報道機関は、まずは現状を正確に国民に伝えることが重要である。そして、どのような自衛策が必要なのか、憲法解釈や憲法改正が必要なのかを考え、その上で、どのようにこの誇り高き平和主義国家「日本」を世界に発信すべきかを、国民が初めて考え始めることができる。「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」である。


※参照資料
国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について(平成26年7月1日 国家安全保障会議決定 閣議決定)
https://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/pdf/anpohosei.pdf

平成29年度防衛白書
第III部 国民の生命・財産と領土・領海・領空を守り抜くための取組
第2節 3 弾道ミサイル攻撃などへの対応
2 米国のミサイル防衛と日米BMD技術協力
http://www.mod.go.jp/j/publication/wp/wp2017/html/n3123000.html

「集団的自衛権と憲法との関係」s47.10.14参議院決算委員会
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/anzenhosyou2/dai4/siryou.pdf
↑9ページ

内閣官房 「平和安全法制等の整備について」
https://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/housei_seibi.html
https://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/pdf/gaiyou-heiwaanzenhousei.pdf


2018.08.25

題  日本人に必要な心

 丸山和也参議院行政監視委員長のご講演を聞き「日本国とアメリカ合衆国の自由民主主義は全く異なる」との意見に深く共感しました。
 私は以前、American Peace Corps(アメリカ平和部隊)と共に仕事をしていました。同じオフィスで働き、取り組むべき事業内容も同じであったため、多くの時間を共有しました。
 私の仕事のやり方は、事務所のスタッフや地域の方に根回しを行い、全員が同じ考えで事業を進める日本方式でした。一方American Peace Corpsのやり方は、彼の強力なリーダーシップの下で事業を進めていくものでした。結論として、日本方式とアメリカ方式のやり方が融合し、事業は上手く進みましたが、丸山先生がご講演でおっしゃった通り、日本人はアメリカ人と比べ戦闘力が異なり、同じ土俵では戦いにくいな…と感じた事を思い出しました。
 この「戦いにくいな…」との感覚は、日本が集団主義国家として教育も含め動いているためです。私は地方の田舎に住んでおり、農林業を営む一次産業従事者が多い地域ですが、そのような地域は集団を大切にします。例えば、自治会、消防団、祭典、農業、林業など集団で事業を展開するものが多く、これらに必要なことは、「協調心」「他人を思いやる心」「自己犠牲の精神」です。
 私は、今の日本造ってきたこれらの教育方針を否定はしません。なぜなら、他人を思い、協調心を持ち、ときには自己犠牲となって地域全体を支えることは、一次産業を主事業とした地方には必要だからです。しかし、今後さらにグローバル化が進み、外国人と共に働く機会が増えると思います。優秀な外国人は日本で働き、優秀な日本人は外資企業に引き抜かれるかもしれません。多くの日本人が戦闘力の異なる外国人と比較され評価される時代になります。そのようなとき、日本人として自律していることが最も大切です。丸山先生はその根源に武士道があるとご講演でおっしゃいました。
 正義を貫き、他人への思いやりを忘れない心を持つことが、人間として、政治家として大切だと改めて考えさせられました。


2018.08.25

題 憲法改正議論に思う

 今回の2時限目は、杉浦学長を交えてのディスカッション、憲法改正でした。先生から、皆に対し憲法改正についての意見を促され、各自の意見を表しましたが、この議論する時、改正すべき憲法条項より、憲法改正の行為をするかしないかの是非を問う議論になっている気がしました。
 例えば主要国の戦後憲法改正の回数は、ドイツ:60回、フランス:27回、カナダ:19回、韓国:9回、アメリカ:6回、日本:0回(※1)です。回数だけ注目すれば、戦後日本は一度も憲法改正を行っていません。でも問題は、改正の回数0回ではなく、正しく改正行為がされていない事です。二言目には充分議論してとか、議論尽くされていないとかが話題になりますが、そもそも結論を出す為の期限を決めない議論は、議論ではなく、只の先送りです。一般的に会議のルールとしてはありえません。改正すべきと思われる条文があれば、議員は発議し、改正する内容又は付け加える内容の議論は期限を決めて行い、条項を決める。そして、国民投票で国民が是非を決めればよいのです。国会議員は条項の内容を決めるだけで、憲法を改正するかどうかは国民が決めるものです。どの国でも賛成反対はあります。だから国民投票します。ところが今の日本はこの流れになっていません。だから0回なのです。一部の議員が自分たちが反対だから認めないと叫び、民主主義を守ると言って反対します。本来、民主主義を守るなら定期的に国民投票するべきなのです。そもそも憲法の改正に反対すること自体が違憲です。なぜなら憲法に改正条項あるからです。だから国民が少数でも望むならば定期的に国民投票するべき問題となるはずです。国会で承認された内容に問題があるなら国民は否決します。国民投票や選挙は「正しいとか正しくない」を争っているのではなく、「どちらの政策を貴方は好みますか」と判断を聞いているのです。でも民衆は正しい判断をするとは限らないので、誤ったらまたそれを主権者が、次の国民投票や選挙で正す。これが民主主義なのだと思います。民主主義社会の主権者は国民自身です。そしてその国民の意見が最大限尊重されるべきで、その考えのもとで国民投票が行われ、その結果、判断が下されるのですから、それに従うのが当然だからです。これは選挙でも言えることです。時折選挙で負けても自分たちが負けたのが納得でき無いと騒ぐ連中がいます。選挙の結果は国民判断の結果で、後で「それがおかしい」などと批判するのは民主主義を馬鹿にしています。国民投票や選挙の行為、意味を理解していない証です。
 国民投票で決める行為こそが、民主主義の根幹ですので、憲法9条改憲も期限を決めて、その期限内で改正する条項を決定し、国民投票で国民に是非を問えば良いことであり、すぐに結果が出ます。不満あれど国民投票で決めたことに国は従う。これが正しい民主主義だと思います。
※1出典:憲法改正の回数
https://zenshow.net/2016/07/26/%E6%86%B2%E6%B3%95%E6%94%B9%E6%AD%A3%E3%81%AE%E5%9B%9E%E6%95%B0/


2018.08.24

3限目の専門政治コースでは、

廣瀬公一コーチングトレーナーの指導で、

スピーチセミナーを開講しました。

先月は、街頭での演説実習。

今月は、室内での演説会を想定し、

演説をして頂きました。

果敢にチャレンジした皆さんは、

街頭と室内では、

演説の方法や内容も

大きく異なることを

体感したようです。

今回の経験を是非、

次に活かしてください!


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