スタッフブログ

2017.07.25

7月22日の7月講座

1限目では、

元自民党総務会長の

野田聖子 衆議院議員に

お越し頂きました。

受講生の皆さんの間でも

知名度、注目度ともに高く、

今回も熱気にあふれた

時間となりました。

テーマとなった

わが国の人口減少問題については、

これまでも多くの講師の方が

最重要課題として

お話くださっています。

今回のご講演を通じて、

受講生の皆さんの

問題意識も一層高まったことでしょう。




2017.07.25

第16期愛知政治大学院(愛政塾)7月講座
          と き:平成29年7月22日(土)
          ところ:大津橋会館(自民党愛知県連)5階 大会議室

12:30 受付開始

13:00【専門政治コース・一般コース】

藤川政人学長挨拶につづき、

13:05 ご講演(40分)
元自民党総務会長 衆議院議員 野田 聖子 氏

テーマ:人口減少国家のこれから

13:45 質疑応答(20分)

14:05 記念集合写真(10分)

14:15 一般コース終了、休憩

14:30【専門政治コース】
講 師:鈴木政二 愛知政治大学院副学長 
テーマ:候補者となる決断と議員の心がけ

15:45 休憩

16:00【専門政治コース】 スピーチトレーニングセミナー
講 師:コーチングトレーナー 廣瀬 公一 氏

17:15 終了


2017.07.24

題 「資本主義と共産主義はどちらが良いか」の議論について

 杉浦先生のお話の中で、資本主義と共産主義の対比が話題に上がりましたが、これについて私見を述べたいと思います。
 私が社会的なことに興味を持ち始めた頃(小学校高学年、90年代半ば)には、ソヴィエトは既に跡形もなく、中国は改革開放に精を出し、「共産主義(及び社会主義)は失敗した」と言う風潮でした。現在統制経済と言う意味で共産主義が実際に機能している国は、北朝鮮含め世界に存在しないように思います。
 所謂「マルクス主義」を本格的に学んだわけではありませんが、共産主義は資本主義に対する反発から生まれたものであると解しています。マルクス経済学では資本主義は共産主義に比べて遅れた制度であるとされ、ゆくゆくは全ての社会が共産主義となる(発展段階論) としていますが、21世紀の現実世界においてそれが成されているかは上記の通りです。やはり「共産主義は失敗」であったと考えます。蛇足ですが、発展段階論は宗教学の世界にもあり、それによると一神教は多神教が進化した形態であり、多神教は一神教に比べ遅れた形態であるとの事です。西洋の人間と言うのは、何にせよ自分たちこそが進んでいると思いたいようです。
 では、資本主義への反発=資本主義の悪い(と思われる所)を取り除いたはずの共産主義が何故失敗したのかという事になりますが、結局は理想論であった、と言う事だと思います。廣瀬先生のお話の中で出てきた二宮尊徳の言葉「道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である」の言葉がその通りであり、道徳なき経済(行き過ぎた資本主義)も経済無き道徳(共産主義)も、上手くいくものではない、という事だと思います。
 資本主義は、貧富の格差、またその固定化が問題となります。これが行き過ぎた国々で、共産主義革命が起こり、また資本を独裁した政府が倒されました(イラン革命等)。しかし、所謂「修正資本主義」に見られるように資本主義を採用する国々は自らその弊害を是正しており、資本主義のデメリットを克服した国々が今、先進国と言われる経済的に豊かな国とみられています。
 現在、修正資本主義後の資本主義社会は様々な問題を抱えつつも、ソヴィエト末期のような閉塞感は無く、緩やかに発展しているように感じます。しかし個々の国、例えば日本の場合ですが、戦後七十年以上が経ち、制度や利権構造の固定化、政界・芸能界などに象徴される二世・三世による世襲など、「努力するよりも利権に乗っかった方が得(努力しても報われない)」と言うような面が表面化し、それによる社会全体の倦怠感、諦めと言ったものも問題になってきているように思います。それが質疑での「共産主義は本当に悪かったのか」の問いにつながってくるのではないかと感じています。
 イデオロギーとしての共産主義は潰えましたが、それは必ずしも「資本主義が正しかった」と言う意味ではないことを、肝に銘じておく必要があると思います。


2017.07.21

題     失われた20年(1)について。

 杉浦正健先生よりバブル経済崩壊後の「失われた20年」について拝聴した講義について
自分なりにこの時代について背景や原因等について考察したいと思います。
 発端は1989年(平成元年)の昭和天皇崩御に始まり、平成の幕開けとほぼ同一であったと思います。しかしながら、同年12月には日経平均株価が38,915円(終値)と史上最高値を記録し景況感はピークに達していました。「失われた20年」のスタートは概ね平成2年からであるというのが通説となっています。 翌1990年12月に株価は暴落しました。
 米ソの長い冷戦が終結し、「新世界秩序」と「平和の配当」への希望により世界的に景況感の高揚や平和社会の訪れが期待されましたが、その後、混迷と停滞の時代が到来するとは予想されていませんでした。当時、私はソ連の崩壊、ベルリンの壁崩壊等をニュースで見ながら、「社会・共産主義はこれで終焉していくのかな」と、ぼんやり考えていました。
 そもそもバブル経済となった発端はなんだったのでしょうか。私見ではありますが、1985年9月のプラザ合意だと思っています。それまでに、戦後アメリカは「対共産圏」として日本を没落させておくわけにいかず、経済勃興のため日本製品を大量に輸入する施策でした。
 もちろん、日本製品の高品質も一因であり、且つ、固定相場制では1ドル360円という今では考えられない円安水準でした。その後、変動相場制へと移行し、プラザ合意後は1ドル240~150円程度まで円高となりました。円高ではありましたが克服し、低金利政策と相まって金余り状態となり投資を引き起こし、バブル状態になったのだと思います。
 1998年以降はデフレ状態が続いているうえに、2011年3月には東日本大震災・福島原発事故が発生し国家的危機状態に陥りました。同時期には尖閣諸島領有権をめぐる中国との衝突や同国の大国化等、懸念する出来事が多々ありました。
 おそらく私だけでなく、日本国民の大半が民主党政治に辟易としていましたが、2012年12月、第二次安倍内閣誕生し、いわゆるアベノミクスが遂行されていきました。
 当時、「日本を、取り戻す」というキャッチフレーズに多大に期待していたことを記憶しています。今後の安倍政権の行方、長引くデフレからの脱却政策、アジア近隣諸国との関係性などは「失われた20年」との格闘であり結果はまだ出ていません。
 「失われた20年」はまだ終わっていないのだと思います。
 では一体我々は何を失ったのかという問題があります。1990年代後半の金融危機、慢性的なデフレ、地下鉄サリン事件(1995年)や先に述べた東日本大震災・福島原発事故、2008年にはリーマンショック、など社会的にも尋常でない事件・事故が相次ぎ、国民の人心が閉鎖的になったことは否めないと思います。さらに出生率の低下、生産年齢人口(ピークは8717万人)を中心とした人口減少、少子高齢化など暗い事案を述べたら枚挙にいとまがないほどです。明るく期待がもてる方向性もあります。第四次革命の発展期待と人材育成・人材投資への注力です。IoTやAIには人口減少等をカバーできる見込みがあります。
 骨太方針でもうたわれましたが、能力開発により技能を身につけ成長産業に当然に移転できる社会となれば、労働力不足は解消され生産性も向上するのではないかと考えます。
 国家として人材育成の方向性を戦略的に熟考していくことが肝要であると思います。
※参考文献  検証 日本の「失われた20年」(船橋洋一著 東洋経済新報社)


2017.07.21

題   「安全保障」と我が国の役割

 6月講座は中谷衆議院議員(元防衛大臣)の講座で、テーマは「安全保障」についてであった。講座では安全保障だけに限らず、メディアを賑わしている問題、すなわち、森友学園・加計学園問題や社会保障費の増加問題についても俯瞰的に触れられた。
 そして、本題である安全保障の話をしていただいた。現在、世界のパワーバランスは崩れており、ロシア、中国は軍事力を増強し、アメリカ一国だけではとても抑えきれない状況になってきている。これは我々日本にとっても重大な脅威となっている。北朝鮮による度重なるミサイルの発射実験を見れば理解できると思うが、彼らは「アメリカを怒らせると恐いからミサイル発射をやめよう」とか、そういう気持ちは全くない。
 逆に、アメリカの世界に対する抑止力は弱体化しつつあり、むしろ、北朝鮮からすれば外交の交渉カードとしての「ミサイル発射実験」を積極的に使い、アメリカとの交渉を引き出そうとしている状況である。
 こうした状況を打破するためには、日米間の同盟強化だけでは足りない。日米二国に加えて、多国間での多層的な安全保障協力関係の構築が必須である。本年6月2日~7日、河井克行総理補佐官がアジア安全保障会議(シンガポール開催)に出張し、参加各国関係者との会談を行い、また、フィリピンのドゥテルテ大統領との会談を行っている。さらに、同月7日、フィリピンのカエタノ外務大臣の訪日中、安倍総理とも会談を行っている。日本からフィリピンへのODAとしての財政支援を積極的に行うとのことである。このように、日本とアジア各国は緊密に連携をして友好を深め、パワーバランスを立て直す必要がある。
 次に、講座の後半、受講生の質問への応答として、集団的自衛権や個別的自衛権、「自衛隊」の憲法への明記(自民党案)の話があった。こういうテーマになると集団的自衛権はダメだとか自衛隊の是非の話になりがちである。
 しかし、個別的自衛権、集団的自衛権は国際法上、国連憲章において認められているものである。個別的自衛権は自然権なので、明文になくても自国の防衛のために認められる。また、国際法上、集団的自衛権を「行使するかどうか」については厳格な要件があるが、「権利」としてはすでに存在しているものである。そして、我が国の運用としても閣議決定で変更をし、一定の要件のもとで集団的自衛権の行使も可能とされたものである。
 最後に、我が国の役割は、日米同盟を基軸とした多国間との連携をより一層強め、平和への構築に寄与することである。
以上
<参考>
・外務省HP
 http://www.mofa.go.jp/mofaj/index.html



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