スタッフブログ

2018.05.30

題  「夢と論」
 
 今回の橋本先生の講義を経て、「夢と論」こそ、政治に求められる本質だと感じた。
 私は、いままで、「良い法律が、良い国を作る。」と考えていた。それは、1960年代~1970年代の高度経済成長期の政治の在り方に起因する。田中角栄元総理を代表とする1960年代から1970年代の自民党政権時代は、最も政治に国民が期待していた。それは、いまもなお国民の多くが理想的な政治の時代と言及することが多く見受けられ、また2016年には石原慎太郎氏が書いた「天才」はベストセラーになったことで裏付けられる。私は、その期待の応えは、田中角栄元総理ら自民党政治家のカリスマ性のみにあるのではなく、経済成長が前提であった結果論でもなく、政治家が真剣に法律を作り続けているからであると考えていた。もちろん、現在でも、議員立法は数多く成立しており、日本の屋台骨を支えている。しかしながら、いまの国民は、もしかすると立法の実感がないのではと思っていた。またその法律自体、ある種の事案が発生したから、結果として成立する後追い感があると考えていた。だからこそ、現代の政治的な課題は「良い法律」が生まれた実感がないことを仮説としていた。
 橋本先生は、今回の講義で、自身のコンセプトを話された。東京オリンピック・パラリンピックを起点としたスポーツ先進国を目標として、健康寿命を延ばす。そして、ヘルスケア事業を発展させる。それを伝統・文化と掛けわせることで、長期滞在可能な観光地を行い、「日本に来ると、健康になれる観光」を、2020年を契機に、創り出していく。橋本先生が話されたその考えに強い共感を覚え政治が目指す「その先の日本」を感じた。
 それと同時に、「良い法律が、良い国」だけでは、自身の近視眼的で短絡的な考えであることを感じた。もちろん、法律は、国の基本の一つである。ただ法律という根拠には、コンセプトが必要であると強く感じた。コンセプトと書くと少し抽象的であるので、「夢を前提にした論=夢と論」と言い換えた方が良いであろう。橋本先生の話を聞くなかで、法律が良い国を作るためには、前提として、「夢と論」が必要なのだと強烈に感じた。そう考えると、前述の1970年代の日本の政治が良いとされてきた時代は、その「夢と論」があることが分かる。「日本列島改造論」を代表とされる指針や、1960年代には、「新産業秩序の形成」のなか通産省と政治家の切磋琢磨があった。それは政治家の「夢と論」だ。
 2020年以降の日本の絵は未だ見えない。橋本先生が話されるスポーツ観光を代表としながら、いまの政治にはこのような一人一人が描いていく「夢と論」が必要なのではないか。その強い志向を抱いてこそ、日本の政治が躍動する。この愛政塾での学びの期間に、私は「夢と論」という、もしかすると当たり前かもしれない、生きる本質を見つけてみたいと思う。 以上


2018.05.30

橋本聖子先生のご講演を拝聴して     
 「女性活躍社会の実現のために、男性は何をすべきか?」、本日、お聞きしたかった質問である。
 本日のテーマは「東京オリンピック」が主題であったが、むしろ私は、「女性議員」としての苦労話に興味を持った。
 私は昭和39年生まれで、橋本先生と同学年。同学年であるからこそ、スピードスケートでの活躍、自転車での夏季オリンピックへの挑戦・出場、加えて国会議員としてもなお、オリンピック出場など、「不可能を可能」に、「無謀を称賛」に変えてきた活躍ぶりを、同世代の一人として、驚きの目で見てきた。
 当時は昭和60年代、ちょうど「男女雇用機会均等法」が成立、施行をみる頃。「男性は仕事、女性は家庭。」という価値観が変わりつつあり、女性だからという差別は許さない、そんな機運が盛り上がる時代背景の中、スポーツの世界で男性を凌ぐ成績を上げていた先生は、まさに昭和の「女性活躍」の象徴であった。 
 先生の当時の活躍が、「日本の女性もなかなかやるな。」という、男性から女性を見る目を変えることに、大きく貢献したようにも思う。
 しかし、そんな橋本先生でさえ、永田町では「男社会の壁」に何度もぶつかってきたというのは、意外な驚きであった。「多くの女性アスリート議員は、一期でやめてしまうでしょ。」という言葉に、妙な説得力があった。
「いったい、何が障壁となっているのか?」、姉と妹の3人兄弟で育ち、「男は女性に優しく」と教えられつつ、3人の娘(+♀愛犬)のお父さんとなった私は考えた。
 平成になって30年となる今、2014年に策定された「日本再興戦略」の中に「女性の活躍推進」が掲げられ、「働く女性」に再び脚光が当てられている。「機会均等法」後を振り返ると、「育児休業法」くらいしか思い当たらず、あまりに遅きに失した感がある。女性に雇用の機会、復職の機会は与えられたが、処遇の改善は、30年もそのままだったわけである。「仲間には入れるけど、上には立って欲しくはない。」という男の意識、本音が長きに亘って支配していたのが最大の障壁ではなかったのか。いみじくも先生は「政治家の意識改革」とおっしゃっていたが、「世のすべての男性に当てはまることではないか?」と自問自答し、反省する。
 さらに30年前を振り返りつつ、次々に思いが巡る。当時の「均等法」は、「女性の能力」を男性も認め、女性の能力を活かすための政策と感じられたが、現在の「女性活躍推進」は、人口減少による「労働力不足の補完」という感が強い。「女性活躍推進」のみならず、「働き方改革」の推進のためには、「能力活用」、「能力開発」をより強調することが、政策推進により重要ではないか、と改めて考えた。
 なお、先生のご講演の中で、自分には印象深い一節があったので、付け加えたい。
「最近は、女性議員が男性化しているように思う。やはり、女性らしく、男性らしくというものがあり、女性にしかできないことがある。」という趣旨の言葉である。
 「男女同権」といっても、性差がある以上、「平等」、「同権」の意味は男女で区別されるべきではないかと私も思う。そしてこの言葉は、失われつつある昭和の美「奥ゆかしさ」を思い出した瞬間でもあった。同じ時代を生きてきた「昭和の男」として、「昭和の女性」である橋本先生に、改めてエールを送り(贈り)たい。
 橋本先生は、平成となった今も「輝く女性」である。そう思った。   以上


2018.05.30

題  テーマ① オリンピック・パラリンピック東京大会のレガシーについて

 オリンピック・パラリンピック(以下「オリパラ」と言う。)や万博などの大規模イベントの評価では、競技場などハード面だけでなく、街づくりや社会システムなどソフト面で何を良いレガシーとして残せるかが、大きなカギとなる。
 橋本参議院議員の講演では、スポーツを通じた人材育成に加え、その人材が観光コーディネーターとなり、その街に長期滞在する観光客を増やすことによる観光消費額増大に繋げたいというアイデアがあった。私も我が国の今後のために、是非取り組むべきであると考え、その理由と必要性について述べたい。
 わが国では、観光庁が平成20年に設立されて以降、観光施策に力を入れ始めているものの、産業といえば、自動車や鉄鋼などのモノづくりであり、観光産業振興への注目度は、他の産業に比べて小さい。
 しかし、人口減少が始まったわが国の経済を維持するために、観光産業の成長は、なくてはならない重要なものである。
 生産年齢人口が2060年には現在の半分近くまで減少することに伴いGDPも減少していく分を、何かで補わなければならないが、その解決策として必要不可欠なのが、外国人旅行者による観光消費額である。
 観光庁の資料によると、定住人口1人減ることによる年間消費額(124万円)は、外国人旅行者の国内消費額8人分で賄えるとある。国内旅行者(日帰り)だと80人分である。これを効率的に確保するためには、外国人観光客数を増やすだけでなく、一人当たりの観光消費額を増やす必要があるが、それにはフランスやイタリアなど観光立国並みの長期滞在型の観光に適した施設や観光体験コンテンツを整備する必要がある。
オリパラによる観光施策として、世界中から訪れた人々に日本の良さを知ってもらうという単純なものでは、オリパラが終わればそれも終わりで、長続きするものではない。しかし、オリパラで育成した人材により、スポーツツーリズムなど長期滞在型の着地型観光コンテンツを確立することができれば、将来に向け長きに渡り我が国に利益をもたらすことになる。
 世界の国際観光客数は、2016年12億3500万人であるが2030年には 18億人で、3割も増えると予測されている。また、国別の国際観光収入ランキングでは、日本は11位で約3.7兆円であるが、日本より人口の少ないフランスやイタリアよりも少なく、伸び代は十分あると考える。
 東京オリパラを絶好の機会と捉え、将来の日本のために最良のレガシーとなるよう国も地域も一体となり、良質な観光コンテンツの創出施策に取り組むべきである。 
出典
◆観光庁「次世代の観光立国実現に向けた観光財源のあり方検討会」
第1回 資料1 観光の現状等について「観光交流人口増大の経済効果(2016年)」
http://www.mlit.go.jp/common/001202104.pdf

◆国連世界観光機関(UNWTO)
Tourism Highlights 2017Edition
https://www.e-unwto.org/doi/pdf/10.18


2018.05.30

本日参加して私が学んだこと、感じたこと  

 本日参加して最初に感心したのは、開校式開式の後すぐに国歌斉唱を行ったことです。これは、この日本国の舵取りをしている自民党としては当たり前のことですが、最近はその当たり前のことができていない世の中になってきています。
 そして、現職議員、元議員の方々の祝辞のあと橋本聖子議員のご講演の中で一番感動したことは「政治家の仕事は自分で決める。」という一言です。政治家は自分の一存で仕事をいっぱいして、国のため県のため市町村のために働くか、まったくしないで自分の私利私欲で生きていくかは、自分で決められます。ただし、公人である議員さんたちは、私たちの税金から給料が出ています。したがって、国家国民県民市町村民のために絶対働かなくてはならないのです。橋本議員もおっしゃっていましたが、若い女性議員たちに教育の一環として、男性の職場であった政治に飛び込んだからにはもちろん負けないように勉強しないといけませんが、女性としての立場、役割、配慮が大事とおっしゃっていました。「女性であることが不利ということではなくて、男性ではないという視点から、それを特長として政治を実行していけばよいということを。」まさにその通りだと思います。私も医療という全く畑違いの分野から飛び込むからには、これを武器として政治の世界に飛び込みたい。そして最後のオリエンテーションの廣瀬講師の「共に学びあい高めあい磨きあう、そしてお互いを尊重するということは、お互いに切磋琢磨して、お互いに認め合い人間力を高めあっていくということ。そして人間力とは、人生を力強く切り拓いていく能力」ということも大変勉強になりました。私も57年、生きてきて人脈が一番大切ではないかと思うようになりました。お金では買えないのですから。
 最後に一日目を通して改めて、まずこの日本においては教育の重要性を一番に掲げ、現状に満足せず、あらゆる分析をして、それを変革していくにはどうしたらよいかを考え実行していく。私も改革に不可能はないと信じています。そして純粋な気持ちを持ち続け、いいところは残し悪いところは切り捨て、10年先、20年先の日本を世界一の国にして私たちの子供や孫の世代に誇れるような日本を作っていきたいです。


2018.05.30

題 オリンピック・パラリンピックに対する私見2

 橋本聖子議員の講話を拝聴し、改めて自身の考えであるパラリンピックを廃止し、オリンピックの種目として、障害者が出られる競技をオリンピックで行う考えに自信を持つことができました。
 私は昨年16期のレポートでも同様の提案をしましたので、今回の表題は2としました。
私はオリンピック、パラリンピックと分けて開催する事自体が、差別ではないか?という思いがあります。オリンピックの中でオリンピック種目の1つとして、パラリンピックで行われている競技をすればよいと考えています。
当然、健常者も参加可能とします。例えば車椅子競技ならば、競技のルールとして車椅子を使うとするだけで、健常者も出られます。そうすることが本当の意味で健常者と、障碍者の垣根を無くし、差別を無くすことだと思います。
ですが正直、そんなルールで開催して健常者が参加した為に、結局障害者は能力的に負けで出られなくなるのではと言う一抹の不安は拭うことが出来ていませんでした。
でも、橋本聖子議員の講話で語られた、「オリンピックアスリートと、パラリンピックアスリートの脳の使い方を調べたところ、オリンピックアスリートは左脳だけだったが、パラリンピックアスリートは右脳も前頭葉も全て使っていた」とのお話を聞き、障害者だからこそ、障害を補う為に脳が健常者を凌駕する能力を発揮できている科学的な証明がなされたと感じ、その不安も一掃されました
当然物理的な問題も多々出るでしょう。ですがそれを乗り越える工夫こそがバリアフリーと思います。
 具体的には公平なルールを定める事です。平等と、公平は意味が違います。平等は個人差関係なく同じルールにする事を意味していますが、公平は、同じ結果が出るよう、個人差を考慮することです。例えば既に多くのスポーツ競技で男子、女子と分けがあります。これは、男女よる違い、筋力差で明らかに結果に差がつくためです。これは公平の考えがあるから男女分けとなっています。全てで男女平等としてしまったら、オリンピックの殆どの競技に女性は出られなくなるのは、今の選手の記録を見ても明らかです。因みに自動車、オートバイ等のモータースポーツ競技では男女分けは在りません。ルールは平等の考えです。機械の性能で身体能力を補える競技だからです。この考えも合わせて、健常者、障害者と公平になるルールを設けることで、オリンピックの種目として開催可能と思います。
 東京オリンピックで、突然パラリンピックを無くす事は不可能でも、新しいオリンピックとして1競技だけでもオリンピックの中で行う、開会式、閉会式にも障害のあるアスリートが一緒に参加するバリアフリーの新しい提案をすれば、2020年東京オリンピックは、歴史に名を残すオリンピックになるのではないでしょうか?これこそがオリンピックのレガシーになるのではないでしょうか?


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