スタッフブログ

2019.07.05

題   日本社会とリーダーについて

 昭和時代には、人口ボーナスを起因とした日本は高度経済成長を遂げた。平成時代には、経済とともに世界に発信できる素晴らしい文化も作られていった。昭和平成ともに、戦争やバブル崩壊といったさまざまな国難に直面したが、当時のリーダーたちの奮闘により、諸外国から見ると、順調に推移した社会だと思われたはずだ。元号が変わり、新しい時代となった令和時代。より良い日本社会を構築するために、私たちリーダーはどうあるべきかを考えていきたい。
 私が15年前に北京大学に留学したとき、中国の友人と国の未来について話し合ったことを思い出した。「僕たち中国人は、今を見ていない。未来を見ている。いずれ日本を抜かし、米国を抜かし、世界一の経済大国になってみせる。それが自尊心だ」私はその言葉に対し悔しさを感じた。「環境への配慮はどうなの?」と言い返したかったが、彼は今を見ていないと言い切っているのだ。まず経済を発展させ、そのあと自発的に起こるであろう社会風潮が、中国をより良い国にしていく。経済力が環境問題を解決させ、経済的に日本を抜かしたあとに、豊かな自然環境も手に入れるのだと。この考え方には危険性も感じたが、希望に満ちあふれた国家を見る彼の眼はとても印象的だったのを覚えている。
 最近は自身の成長を目的として、中小企業のリーダーが集まる勉強会によく参加させていただいている。よく話題に上がるひとつに新規事業がある。既存事業は十分に利益性があるが、将来どうなるのかわからない。安定しているうちに、新しい取り組みを行わなくてはいずれ既存事業が上手くいかなくなったときにつぶれてしまう。こういった危機意識のもと、世のリーダーたちは新しい分野の設備投資や研究開発をしていこうという考えだ。ここで問題となるのが、リーダーの次世代投資ではなく労働者への還元であるべきだという主張だ。既存事業で生み出した利益なのだからそれは当然配分されるべきだという労働者の考えに対し、共感と折り合いをもって真摯に向き合っている。
 弥生時代に稲作が伝来されてより、種モミをどのぐらい残すかという話は必ず出てきたように思う。村が飢饉になったとき、種モミを食べれば当座はしのげる。だけど来年はない。村人たち全員に向き合うリーダーは、全員が生き残るのだという理念を示し、来年の豊かに実った田畑のビジョンを見せなければ、村は崩壊したに違いない。令和時代に生きる私たちリーダーもまた、将来の素晴らしい展望を作って見せ、皆に共感してもらえるような強いメッセージを打ち出すことができれば、日本はより良い社会になっていくに違いない。


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