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2019.07.05

石原先生の御講演に思う。

 今回の石原先生のご講演で、私が注目したいのは石原先生の以下のようなお言葉です。
「民主主義は素晴らしいが行き過ぎると大衆迎合、ポピュラリズムに陥る」
哲学者、オルテガ・イ・ガゼット〔1883年-1955年〕は「今日のヨーロッパ社会において最も重要な1つの事実がある。それは、大衆が完全な社会的権力の座に登ったという事実である。」(1)
また、「今日では、大衆は、彼らが喫茶店での話題から得た結論を実社会に強制し、それに法の力を与える権利を持っていると信じているのである。多数者が今日ほど直接的に支配権を振るうにいたった時代は、歴史上にかつてなかったのではないかと思う。」(2)と述べている。
 政治だけに限らず、芸能界やスポーツ界において。また、ひと時代前ならラジオ・テレビというメディア、昨今においてはネットにおける情報。これらを媒体にして、上記に例示したようなある意味「ネタとなる事柄」があちこちに蔓延っています。
現代は情報革命によって情報があまりにも多すぎます。ここで問題なのは、受け取る側に、その情報の可否や正邪を委ねていることではないでしょうか。
 すると少し影響力のある人やメディアが、本当は「偽」であることも「正」であるといえば、それは「正」へと変貌していきます。
その次に起きること、また恐ろしいことは、その「正」が大衆となっていくことです。これこそがオルテガが危惧したことなのでしょう。
 この民主主義の矛盾に対応する術としては2つあるものと思います。
 まず1つに、民主主義という構造の変換・変革・またはアウフヘーベン。こちらは現実的ではないものと思います。なぜならこの代案として世界に存在するのは共産主義か独裁国家であるからです。
 もう1つは、大衆からの離脱者を増やすということです。
自ら考え、情報を精査し、自己を持っている人。オルテガは人間を2つに分類し、「第1は、自らに多くを求め、進んで困難と義務を負わんとする人々であり、第2は、自分に対してなんらの特別の要求をもたない人々、生きるということが自分の既存の姿の瞬間的連続以外のなにものでもなく、したがって自己完成への努力をしない人々、つまり風のまにまに漂うような人々」(3)とします。
大衆とは風に漂うだけで右向け右の人々であるといえるでしょう。
私はこの前者のような人でありたいと切に願うのです。また、そうなり切れていない私がこのように思うのも差し出がましいのですが、この後者のような考えを持つ人が増えればもっといい国になれると思うのです。そして、その国にするためにできることをしたいのです。
ですから、石原先生ものべられますように、こちらの大学のスローガン「日本の未来を、もう他人任せにしない」に惹かれるのです。

(1)オルテガ・イ・ガゼット 『大衆の反逆』 筑摩書房 1995年 11ページ
 (2) 同上 21ページ
 (3) 同上 17ページ


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