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2018.11.12

甘利 明先生のご講演を拝聴して       
 「データを制する者が世界を制す。」、そのためには「公正なルールの下で競争しなければならない。」・・・本日は、経済産業大臣としてTPPにご尽力された甘利先生のご講演である。TPP交渉の苦労話がメインか、と予想していたところ、「デジタル革命第2弾」を勝ち抜くための提唱に、大いに感銘を受ける。
 ちなみに私は、神奈川の相模原に10年ほど住んでいたこともあり、隣の選挙区の甘利先生に勝手に親近感を覚えている。(さらに余談であるが、選挙区の赤間二郎先生のお宅は目の前にあり、地区活動にご一緒したことはよい思い出である。)
 話を戻す。「デジタル革命」とは自分にとっては馴染みの薄い言葉であったが、先生のお話を契機に、改めて、「情報」、「データ」について考えてみる。
 日本人は「実体のないもの」に鈍感であるといわれる。かつての「知的財産権」がそうであった。実はそういう自分も大きなことは言えない。会社業務として、一昨年に「マイナンバー」、昨年は「改正個人情報保護法」、そして今年は「 GDPR」に携わり、それぞれ社内規程の策定に関わってきたが、「ビックデータ」は雑データの山で、そのように重要なものだと、まったく意識していなかった。
 雑データの山でも、AIによって解析され、まさに個人個人のピンポイントのデータとなる。個人の趣味嗜好までが明らかになれば、マーケティングリサーチなど、欲しい情報へのアクセスが格段に正確・容易になっていく。 
 EUがGDPRで、データ移転を厳しく規制する意味が、やっと理解できた。
 正確性を欠いた表現になるが、「個人情報の集積がビッグデータ」である。「個人情報」というとなんとなく出したくない、というのが、今の大半の感覚ではないだろうか。当然、自分のデータを積極的に国などに登録しようという感覚はない。しかし、これからは高齢化で「お一人さま」の時代。逆転の発想をして、自分のデータを忘却前に信頼できる機関に登録していくことが、むしろ重要になるのではないか。自分は忘れてしまっても、近親者や介護者がデータを探すことが可能となる。質疑応答にもあったが、マイナンバーカード1枚に自分の情報を登録しておけば、自分のデータがすぐ取り出せるのである。確かに中国のように、国がすべてをデータ管理するというのは、なんとなく嫌である。しかし、「なんとなく」であって、そこに合理的な理由はない。実際、先生から、「国家による情報統制を背景にアリババがアマゾンを制するかも・・・」とのお話を伺い、独裁的であっても優秀な指導者であれば、経済的な発展が格段に速いことを改めて痛感した。データが国家をさらに繁栄させているのである。かつて日本企業は安価な労働力を得るため、中国各地に生産拠点を置き、巨額の設備投資を行った。その結果、日本経済は空洞化し、一方中国は、日本の投資が経済発展の基礎となり、「失われた20年」の間に日本と中国の地位は逆転した。アリババやアマゾンを利用することで、「データ」が、かつての「設備投資」となってしまうのではないか、そんな危惧が頭をよぎる。
 「知的財産権」はいまや重要性が認知され、「知的財産高等裁判所」の設立に至る。情報・データに関する機関は、「個人情報保護委員会」しか、思い浮かばないが、そうした機関が「データ」の重要性について、もっと強調・啓蒙していくことが必要ではないか。日本の大切なデータが、アマゾンやアリババを通じて、無意識に海外に移転しているとなれば、日本国民個々のデータ、言い換えればその人の強み、弱みが海外に流れていることになる。データは、マーケティングなどの有用な側面もあれば、犯罪や軍事活動などに利用される危険な側面もある。先生が提唱される「データ取得の公正なルール」が待たれるが、GDPRのように先行して対策を講じる諸国もある。果たして日本は「世界を制する」ことができるか。  以上


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