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2018.11.05

題  テーマ① 9月講座2限目死刑制度廃止について


 「死刑廃止」について、私は杉浦先生にお会いして初めて考える機会を得た。考えるようになってからは、国民にとっても自分にとっても大変重要な問題であることがより鮮明になってきた。
 杉浦先生から、ご自身が死刑執行の署名をするかしないかについて、法務大臣に就任する際の記者会見まで考えたことがなかった(謙遜されているに違いないが)というお話を聞き、僭越ながら、日本の社会での死刑廃止についての議論がまだ未熟であることを、杉浦先生と共有できた気がした。
 2013年末時点では、死刑を廃止または停止している国は140カ国、他方2013年に死刑を執行した国は22カ国、OECD加盟国(34カ国)では、日本と韓国、アメリカの3カ国が死刑制度を残置しており、韓国とアメリカの18州は、死刑を廃止または停止している。また国連は2012年までに4度、死刑存置国に対し死刑執行停止を求める決議を行なっており、日本に対し死刑廃止について繰り返し勧告している。
 この事実を認識した上で、改めて考えると、私は、死刑制度を廃止すべきという結論に至った。
 人間は1人では生きていけない動物であり、家族をはじめとした社会を形成し、衣食住を含め依存しあって生きている。個人が社会に対し責任を追うのと同様に、社会もまた個人に責任を持たなくてはならない。つまり、軽犯罪から重犯罪まで、罪を犯すまでに至った過程に、社会が関わっていないということはない。
 その前提に立つと、その罪を犯すに至った過程や理由には、個人と社会がかかわっている。それにもかかわらず、罪とその過程や理由を個人1人にのみに負わせてしまって、社会から排除した場合、その社会問題を見落とすことになり、また同じような罪が繰り返されることになる。その社会問題は、貧困、児童虐待、家庭内ネグレクト、社会的ネグレクトなど、社会が気付けば防げる可能性もある。
 また、死刑にして欲しいといった理由での大罪もある。その犯罪者にとって死刑は厳罰と言えるのだろうか。またいつか同じ条件が重なった環境で育ち同じような犯罪者が生まれ、犯罪が繰り返されるとしたら、その犯罪に社会の責任はなかったことにして、犯罪者の命を社会から排除することが、その後の国民にとって一つの解決策になるということは、一概に言えないのではないか。
 それよりも、その犯罪者の育った環境を、親や祖父母まで遡って分析研究し、異常行動に立った心理も脳科学なども使いながら分析し、罪を犯すまでに至った過程を、社会全体で共有し、更生プログラムにより一般社会にその反省を還元し繰り返さないというのが理想だと考える。この徹底した分析処理から、犯罪者は終身刑の間、絶対に逃れられない。
 人類は進化してきた。数々の殺し合いを繰り返し、間違いを改め、平和を手に入れてきた。そして現在も人類は進化している。その過程で命を合法的に奪うということについて、疑問を持ち、過ちを繰り返さない社会に徹底して取り組むべきではないだろうか。
日本弁護士連合会 死刑問題に関する海外調査
https://www.nichibenren.or.jp/activity/criminal/deathpenalty.html#shikeihaishi_07


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