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2018.08.27

外交について考えた日!           
 今日は外交について、深く深く考える日となった。
 「米朝会談後の拉致被害者3人の返還は軍事力の成果である。」との薗浦先生のご意見、「日本は大国とは言えない。国際社会の位置付けを考えるべき。」外務副大臣を務められた杉浦名誉学長のご発言等。高度成長期に育ち、「強い日本」を信じて疑わなかった私は、少なからずショックを受けた。
 「世界の中の日本」を考え直す一日が終わって、帰り際に、ふと思い出す。
 神奈川に住んでいた頃、大磯にある焼失前の吉田茂邸に行ったことがある。首相時代の佇まいを残すもので、戦後日本の将来がこの地で決せられていたことに感慨深いものがあった。戦後日本は、東西冷戦の中、GHQの占領下で西側(NATO)の一員となり、米軍基地を配備することで、日米安保により独立国としての地位を得ることとなった。日米安保条約はまさに大きな政治判断であり、世相的にも、日本は「アメリカの植民地」になる、「51番目の州」になるといわれた中での決断である。この日米安保により、アメリカの軍事力の傘のもと、日本は「モノづくり」によって経済大国となり「Japan as NO1」と称されるまでになった。しかし、その後にバブル経済が崩壊し、グローバル化の波に呑まれて日本は迷走し「失われた20年」となる。あくまで自説であるが、この「失われた20年」の要因として、戦後の日本が、「戦力不保持」を謳う日本国憲法のもと、「軍事」にあまりに無関心であったことが挙げられるのではないかと思う。
 「軍事力は科学と経済を発展させる」。これはもう30年も前になるが、大学時代の国際関係論の教授の言葉である。さらに教授は曰く、「軍事兵器は自動車などの耐久消費財と違い、大量に持つことに意味があり、作れば、作るだけ売れるから、経済的にも発展する。」、「米ソの対立がこのまま続けば、貿易摩擦に悩む日本の自動車産業は、将来、軍事産業に転換するのではないか。」実際、戦後に「核」を持った中国は、今や日本を上回る大国となり、「非暴力」で独立したインドさえ「核保有国」となり、著しい新興国となっている。軍事力の探求が「IT」、「AI」を始めとする最先端の技術を進化させたことは今や自明であり、一方、日本はこの分野では、もはや追いつくことができないといわれる。そして、国民の意識においても、昨年、北のミサイルが日本に飛んできても、なぜか他人事、絵空事であったかのようで、危機意識が沸き上がらない。アジアの近隣諸国が軍事力を強化し、韓国は「徴兵制」を実施し、「非常時」に備えている中で、戦後日本は「戦力の不保持」を謳う日本国憲法のもと、「平和主義」によって、「平和慣れ」してしまったのではないか。「平和主義」は美しい、まさに「理想」である。しかし、その平和はアメリカ頼りの「平和」である。「理想」を追いかけて「現実」を見ようとしないのが、今の日本国民ではないか?「島国で資源の乏しい日本」は他国の協力なくては、国際社会の今の地位を維持できない。それを具体的に示しているのが安保法制であり、TPPである。アメリカファーストの時代に一層の外交能力が問われることになる。
 第16期のご講演で、当時の石破大臣は、「勇気と真心をもって、真実を語る。」という政治家としての心構えの一つを語られた。
 自分が政治家になろうとしたとき、「不都合な真実」を有権者に対して勇気をもって語ることができるか・・・、帰りの電車に乗り、自問自答した。   以上


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