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2018.08.25

題 憲法改正議論に思う

 今回の2時限目は、杉浦学長を交えてのディスカッション、憲法改正でした。先生から、皆に対し憲法改正についての意見を促され、各自の意見を表しましたが、この議論する時、改正すべき憲法条項より、憲法改正の行為をするかしないかの是非を問う議論になっている気がしました。
 例えば主要国の戦後憲法改正の回数は、ドイツ:60回、フランス:27回、カナダ:19回、韓国:9回、アメリカ:6回、日本:0回(※1)です。回数だけ注目すれば、戦後日本は一度も憲法改正を行っていません。でも問題は、改正の回数0回ではなく、正しく改正行為がされていない事です。二言目には充分議論してとか、議論尽くされていないとかが話題になりますが、そもそも結論を出す為の期限を決めない議論は、議論ではなく、只の先送りです。一般的に会議のルールとしてはありえません。改正すべきと思われる条文があれば、議員は発議し、改正する内容又は付け加える内容の議論は期限を決めて行い、条項を決める。そして、国民投票で国民が是非を決めればよいのです。国会議員は条項の内容を決めるだけで、憲法を改正するかどうかは国民が決めるものです。どの国でも賛成反対はあります。だから国民投票します。ところが今の日本はこの流れになっていません。だから0回なのです。一部の議員が自分たちが反対だから認めないと叫び、民主主義を守ると言って反対します。本来、民主主義を守るなら定期的に国民投票するべきなのです。そもそも憲法の改正に反対すること自体が違憲です。なぜなら憲法に改正条項あるからです。だから国民が少数でも望むならば定期的に国民投票するべき問題となるはずです。国会で承認された内容に問題があるなら国民は否決します。国民投票や選挙は「正しいとか正しくない」を争っているのではなく、「どちらの政策を貴方は好みますか」と判断を聞いているのです。でも民衆は正しい判断をするとは限らないので、誤ったらまたそれを主権者が、次の国民投票や選挙で正す。これが民主主義なのだと思います。民主主義社会の主権者は国民自身です。そしてその国民の意見が最大限尊重されるべきで、その考えのもとで国民投票が行われ、その結果、判断が下されるのですから、それに従うのが当然だからです。これは選挙でも言えることです。時折選挙で負けても自分たちが負けたのが納得でき無いと騒ぐ連中がいます。選挙の結果は国民判断の結果で、後で「それがおかしい」などと批判するのは民主主義を馬鹿にしています。国民投票や選挙の行為、意味を理解していない証です。
 国民投票で決める行為こそが、民主主義の根幹ですので、憲法9条改憲も期限を決めて、その期限内で改正する条項を決定し、国民投票で国民に是非を問えば良いことであり、すぐに結果が出ます。不満あれど国民投票で決めたことに国は従う。これが正しい民主主義だと思います。
※1出典:憲法改正の回数
https://zenshow.net/2016/07/26/%E6%86%B2%E6%B3%95%E6%94%B9%E6%AD%A3%E3%81%AE%E5%9B%9E%E6%95%B0/


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