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2018.05.30

橋本聖子先生のご講演を拝聴して     
 「女性活躍社会の実現のために、男性は何をすべきか?」、本日、お聞きしたかった質問である。
 本日のテーマは「東京オリンピック」が主題であったが、むしろ私は、「女性議員」としての苦労話に興味を持った。
 私は昭和39年生まれで、橋本先生と同学年。同学年であるからこそ、スピードスケートでの活躍、自転車での夏季オリンピックへの挑戦・出場、加えて国会議員としてもなお、オリンピック出場など、「不可能を可能」に、「無謀を称賛」に変えてきた活躍ぶりを、同世代の一人として、驚きの目で見てきた。
 当時は昭和60年代、ちょうど「男女雇用機会均等法」が成立、施行をみる頃。「男性は仕事、女性は家庭。」という価値観が変わりつつあり、女性だからという差別は許さない、そんな機運が盛り上がる時代背景の中、スポーツの世界で男性を凌ぐ成績を上げていた先生は、まさに昭和の「女性活躍」の象徴であった。 
 先生の当時の活躍が、「日本の女性もなかなかやるな。」という、男性から女性を見る目を変えることに、大きく貢献したようにも思う。
 しかし、そんな橋本先生でさえ、永田町では「男社会の壁」に何度もぶつかってきたというのは、意外な驚きであった。「多くの女性アスリート議員は、一期でやめてしまうでしょ。」という言葉に、妙な説得力があった。
「いったい、何が障壁となっているのか?」、姉と妹の3人兄弟で育ち、「男は女性に優しく」と教えられつつ、3人の娘(+♀愛犬)のお父さんとなった私は考えた。
 平成になって30年となる今、2014年に策定された「日本再興戦略」の中に「女性の活躍推進」が掲げられ、「働く女性」に再び脚光が当てられている。「機会均等法」後を振り返ると、「育児休業法」くらいしか思い当たらず、あまりに遅きに失した感がある。女性に雇用の機会、復職の機会は与えられたが、処遇の改善は、30年もそのままだったわけである。「仲間には入れるけど、上には立って欲しくはない。」という男の意識、本音が長きに亘って支配していたのが最大の障壁ではなかったのか。いみじくも先生は「政治家の意識改革」とおっしゃっていたが、「世のすべての男性に当てはまることではないか?」と自問自答し、反省する。
 さらに30年前を振り返りつつ、次々に思いが巡る。当時の「均等法」は、「女性の能力」を男性も認め、女性の能力を活かすための政策と感じられたが、現在の「女性活躍推進」は、人口減少による「労働力不足の補完」という感が強い。「女性活躍推進」のみならず、「働き方改革」の推進のためには、「能力活用」、「能力開発」をより強調することが、政策推進により重要ではないか、と改めて考えた。
 なお、先生のご講演の中で、自分には印象深い一節があったので、付け加えたい。
「最近は、女性議員が男性化しているように思う。やはり、女性らしく、男性らしくというものがあり、女性にしかできないことがある。」という趣旨の言葉である。
 「男女同権」といっても、性差がある以上、「平等」、「同権」の意味は男女で区別されるべきではないかと私も思う。そしてこの言葉は、失われつつある昭和の美「奥ゆかしさ」を思い出した瞬間でもあった。同じ時代を生きてきた「昭和の男」として、「昭和の女性」である橋本先生に、改めてエールを送り(贈り)たい。
 橋本先生は、平成となった今も「輝く女性」である。そう思った。   以上


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