スタッフブログ

2018.03.22

「人を育てるもの」

 二月講座、講師が赤池議員と聞けば、胸が躍らざるを得なかった。昨年度、教育グループの提案政策は、単線型教育から複線型教育。詳細をここで披露するスペースは許されないが、我々の発表直後に、赤池議員がSNS上に述べられていた教育改革のアイデアが、我々の提案政策とほぼ100%と言えるまで近似していた。我々の発表時、「この実現は無理でしょう」と審査員の先生方に感想を頂戴していた私たちも、鼻が一センチほど高くなったものだ。
 今回も来月の発表にヒントを得られればと、全身全霊で拝聴した。赤池議員が提唱される課題の中で、特に心が留まったのは、やはり「徳」そして「家庭・地域力」だ。今年4月より「道徳」が完全教科化され、子どもたちは薄弱化していく周囲との関わりを学校教育の中で教わることになる。教科化することで、教育基本法にも謳われる人格形成に、国として踏み込もうとする「本気」が伺われるものの、「教科書」で徳を学ぶことには、正直少なからずの抵抗感がある。
 学校では勉学の教授にそのほとんどが費やされる。一日6時間、アクティブラーニング型授業が主体になろうとも、道徳観などは授業中には育成しがたい。合間に休み時間があるとはいえ、例えば中学などは担当教諭が教室に張り付くことは不可能に近く、学校が道徳観の育成を預かることは実質困難だ。また、最もそれを困難にしている事実が、人格形成の大半は幼児期にすでに形成されており、その時期に「介入された質」、つまり家庭環境の違いによりその針は大きく振れるということだ。
 それは、英才教育を指すのではなく、「感動の授受の量」の違いにある。
 実際、ドイツ政府やアメリカの研究機関による検証によると、知識編重型と遊び中心の幼稚園を比較した場合、前者は成長過程において、社会性や情緒面で周囲と調和がとれない児童の確立が高くなるという。また、シカゴ大の研究によっても、貧困地区における「家庭環境の強化」が子供の成長を改善することが示されている。それは、やはり知識力ではなく、精神的健康や、忍耐力、やる気、自信、協調性といった社会的・情動的性質の強化であった。
 「経験による感動」。それをどれだけ幼児期に投入できるかが重要なのだ。
 赤池議員の紹介に合った「コミュニティスクール」は、家庭環境に差異の起こる感動の教授に、大いに役立てられる可能性がある。それにはまず何より、扉を閉ざす家庭の門戸を開放させ、幼児、児童が社会に、感動に、できる限り多く「触れる」機会を作ることだ。体験することでしかわからない喜びや痛みが、忍耐や自信、優しさの「実際」を教えていく。「人の間」に生きていることで、人間は初めて育つものだろう。
 教科書ではなく、授業でも、学校でもない。日本が日本を育てていくのだ。
 一カ月後に迫った今年度の政策発表。今回のご講演を励みに、我らも改めて情熱と責任を込め、日本を育てる提案をさせていただきたく思う。感謝。


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