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2018.01.29

題 神戸議員のお話を聞いて、改めて思う「世代間格差」

 神戸議員のお話を聞き、又その後の質疑応答の場で改めて感じたのが、「世代間の価値観の乖離」です。格差社会と言われる昨今ではありますが、アメリカのような多民族国家でもなく、イギリスのような階級社会でもない均質な社会とされる日本では社会層による価値観の乖離は少ないように論じられることが多く、それが近年の移民反対の根拠の一つにもなって(個人的に、移民は断固反対です)もいますが、その代わりに、世代間の価値観の乖離が大きく醸成されてしまったのではないかと考えています。
 今回特にこのように感じたのは、ある受講者の方の「子供は3歳まで母親が育てるべき。子供を産んだらすぐに保育所に預け働きに出る母親が増えているが、そんなに金が欲しいのかと思う」という言です。
 所謂団塊の世代あたりの方と現在の初婚・初産年齢は35年(歳)程度の差があります。この差に当てはめ、昭和59年と平成29年の社会保険料率の負担割合を比較すると、ほぼ倍になっています。この増加の大部分を占めるのが厚生年金で、更に40歳を超えると介護保険料も負担しなければなりません。以前テレビで世代間の年金格差を横一列に並べたものがあり、世代間の損得勘定をしていましたが、それによれば団塊世代より少し後の世代で770万円の黒字、昭和55年生まれで1700万円の赤字と2400万円の収支差が出ています。介護保険に至っては平成12年の運用開始であり、昭和34年生まれ以前の方であれば「満額」を納めていません。
 簡潔に言えば、我々の世代、特に団塊Jr以降の世代は、働かざるを得ないのです。毎年給料が上がる事が約束されているわけでも、マイホームを買えば資産価値が上昇し続けるわけでもない。ましてや、老後の年金すらあてにならない。専業主婦が当たり前であった昭和の極一時的な時代(江戸時代でさえ、一部の武家などを除けば庶民の主婦は家内制手工業、農作業に労働力として従事していた)とは、社会(一億層活躍を叫ぶ政府)の要請も制度も異なるのであって、その時代の常識で「そんなに金がほしいか」と言われても、「その原因は何かご存知ですか」としか返しようがありません。
 「子供は3歳まで(母)親が育てるべき」というのは教育論や児童心理学の観点から見れば、確かに今日そう言われる通りなのでしょうが、それを今の社会状況を鑑みずに仰るのであれば、「では35年前の社会保障制度に戻しましょう=介護保険もなく、今より平均寿命が6~8歳短い→お年寄りは早く死んでください」という話になります。
 シルバー民主主義と言われて久しいですが、政府が多数派たる高齢者を優遇する政策を取るのは、無理からぬことです。
 不思議なのは、女性参画の為に議員のうちどれだけは、管理職のうちどれだけは、とは言っても、「年齢層でどれだけは」とは言わない所です。このあたりに、日本の「世代間の価値観の乖離」の本質があるのでは、と思っています。

保険料等数字の出典:内閣府統計データ


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