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2017.10.18

日本の農村計画の展望

 西川議員の海外へ日本のブランド農産物の販売ルートを開拓しているというお話を伺い、かつての記憶が呼び戻された。私は、地域農業の振興を研究する立場として、西川議員のご出身の栃木県のある過疎地にはいっていた。そこでは、地域ブランドの創設、付加価値をつけた農産物の販売方法、農村部の女性の活躍などをキーワードとして調査を進めていた。
 当時の私は、政界においてどのような農業振興策がとられているかについて注視することはなく、ひたすら現地の振興策について頭を抱えていた。ここにきて、西川議員のお話で、国レベルでやっていることが、当時の仕事の内容と方向性としては、おなじだったのだと気付いた。末端であったものの国の方向性と合致しており、微々たるものではあるが国策に貢献していたのかもしれないと感じられた。
 さらに、そこから発展して、当時のあるジレンマも想起させられた。それは、当時の仕事内容と、自分の専門分野の違いから発したものであった。私は、マクロな視点での農村計画や地域計画といわれる分野を専門としていた。そのため、過疎地域の振興には、一定の意味があるのだろうが、持続性が困難と思われる限界集落の振興にどれほどの意味があるのだろうかと懐疑的にとらえていた。日本の人口が減少していく中で、サービスを効率的に配布していくには、ある程度の集約化が必要となると考えられていた。農業環境研究所でも、支援すべき地域の選定すなわち線引きの検討にはいっていた。私自身も、計画的に集約化を進めることに意味を見出していたため、国土計画と連携した農業経営のビジョンが必要であると考えていた。
 しかし、その後、三宅島に地域振興計画に入った時、その考えが浅かったということが分かった。三宅島では、多くの聞き取り調査をおこなったが、その中で、地域の人が地域をどのように思っているのかを聞き取ることができた。そして、それを分析することによって、地域の人々のアイデンティティの創設に地域環境が重要な要素になっているということが分かったのである。この調査結果により、過疎地域の振興策の意義がよく理解できるようになった。すなわち、効率ばかりを追い求めていては、地域の人々の存在そのものを損ねることになるということである。
 政治とは、人々の安寧が最も重視されるべきものである。地域における人々の地縁を大切にしながら、地域の人々が主体的に農業経営できるよう支援していくことが、政治にとって重要のではないかと感じられた。


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