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2017.07.21

題     失われた20年(1)について。

 杉浦正健先生よりバブル経済崩壊後の「失われた20年」について拝聴した講義について
自分なりにこの時代について背景や原因等について考察したいと思います。
 発端は1989年(平成元年)の昭和天皇崩御に始まり、平成の幕開けとほぼ同一であったと思います。しかしながら、同年12月には日経平均株価が38,915円(終値)と史上最高値を記録し景況感はピークに達していました。「失われた20年」のスタートは概ね平成2年からであるというのが通説となっています。 翌1990年12月に株価は暴落しました。
 米ソの長い冷戦が終結し、「新世界秩序」と「平和の配当」への希望により世界的に景況感の高揚や平和社会の訪れが期待されましたが、その後、混迷と停滞の時代が到来するとは予想されていませんでした。当時、私はソ連の崩壊、ベルリンの壁崩壊等をニュースで見ながら、「社会・共産主義はこれで終焉していくのかな」と、ぼんやり考えていました。
 そもそもバブル経済となった発端はなんだったのでしょうか。私見ではありますが、1985年9月のプラザ合意だと思っています。それまでに、戦後アメリカは「対共産圏」として日本を没落させておくわけにいかず、経済勃興のため日本製品を大量に輸入する施策でした。
 もちろん、日本製品の高品質も一因であり、且つ、固定相場制では1ドル360円という今では考えられない円安水準でした。その後、変動相場制へと移行し、プラザ合意後は1ドル240~150円程度まで円高となりました。円高ではありましたが克服し、低金利政策と相まって金余り状態となり投資を引き起こし、バブル状態になったのだと思います。
 1998年以降はデフレ状態が続いているうえに、2011年3月には東日本大震災・福島原発事故が発生し国家的危機状態に陥りました。同時期には尖閣諸島領有権をめぐる中国との衝突や同国の大国化等、懸念する出来事が多々ありました。
 おそらく私だけでなく、日本国民の大半が民主党政治に辟易としていましたが、2012年12月、第二次安倍内閣誕生し、いわゆるアベノミクスが遂行されていきました。
 当時、「日本を、取り戻す」というキャッチフレーズに多大に期待していたことを記憶しています。今後の安倍政権の行方、長引くデフレからの脱却政策、アジア近隣諸国との関係性などは「失われた20年」との格闘であり結果はまだ出ていません。
 「失われた20年」はまだ終わっていないのだと思います。
 では一体我々は何を失ったのかという問題があります。1990年代後半の金融危機、慢性的なデフレ、地下鉄サリン事件(1995年)や先に述べた東日本大震災・福島原発事故、2008年にはリーマンショック、など社会的にも尋常でない事件・事故が相次ぎ、国民の人心が閉鎖的になったことは否めないと思います。さらに出生率の低下、生産年齢人口(ピークは8717万人)を中心とした人口減少、少子高齢化など暗い事案を述べたら枚挙にいとまがないほどです。明るく期待がもてる方向性もあります。第四次革命の発展期待と人材育成・人材投資への注力です。IoTやAIには人口減少等をカバーできる見込みがあります。
 骨太方針でもうたわれましたが、能力開発により技能を身につけ成長産業に当然に移転できる社会となれば、労働力不足は解消され生産性も向上するのではないかと考えます。
 国家として人材育成の方向性を戦略的に熟考していくことが肝要であると思います。
※参考文献  検証 日本の「失われた20年」(船橋洋一著 東洋経済新報社)


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