スタッフブログ

2017.03.15

「一瞬に注ぐもの」

 「ご通行中の皆様、愛知政治大学院で政治を学んでおります、岩田康江と申します!」―緊張で口が乾く。落ち着け、落ち着け、と唱える気持ちを他所に、心臓の鼓動が声よりも大きく体を打つ。
 2月講座3限目。いつものように、廣瀬先生の講義を、まさに吸い込まれるように拝聴していた。「スピーチとは泥臭く、けれどかっこよく」「信じることを自分の言葉で」「政治家のスピーチの目的とはエンロールメントである」。ふむふむとメモを取る。そして、次の「街頭演説をやってみたい人?」という先生の一振りで、人生初めての街頭演説の機会が突然与えられたのだ。準備をする暇もなく、赤いパーカーと白い手袋を身に着け、スピーカーとマイクを手にする。が、行き交う歩行者、ドライバーに、廣瀬先生より継承された【人たらし】術を投げかけるより前に、緊張のベールで交差点全体が覆われていく。
 「短い時間であればあるほど、用意を周到に行う」と言われる先生に私も全く同感である。例えばこのレポート課題、1200字を声にすれば、ちょうど3分。が、この仕上げに至っては、起承転結を考え、以前にいただいた他の受講生の意見を顧み、誤字脱字がないかのチェックを入念に行う。まさに全霊をかけた課題だ。その3分を、即興で、一瞬の聴衆者の感動と賛同を呼び起こすことは、奇しくも二限目、江崎講師よりの言葉、まさに「選挙は戦い」である。
 今回の経験を通して、実感として得られた演説に必要たるものを3点あげるとすれば、何よりもまず【瞬発力】であろう。誰が聴衆者となるのか。歩行者か、自転車か、信号待ちではドライバーの視線も目に入る。興味も持つ顔、迷惑そうな顔、人や交通あるいは予想だにしない「現場の事象」に合わせ、瞬時にその状況を演説に取り込めるかが、「聴衆力」を上げる大きなポイントだと感じた。
 そしてその瞬発力の支えとなるのが、演説の中心に置かれる主題への【知識】だ。それは信念とも言えようが、絶対的で不動な背骨を持って立たなければ、聴衆者の疑念を晴らし、賛同へと導くことができない。また現場の一秒の動きに合わせて変わる流れを本流に戻せるのも盤石の知識、確固たる信念であろう。今回改めて、「原稿より信念を持つ」ことの重要性を認識できた。
 そしてなにより、人たらしに必要な最大の要素、【人間味】だ。人柄は顔に出る、言葉に出る、空気に出る。どんなに時間をかけて用意しようとも「この人の話を聴いてみたい」と思わせられなければ、二行目さえ聞いてもらえない。
 「人間であること。」それはすなわち「共に生きようとする」ことだ。感情に寄り添い、人が何を求め、どう理解されたいのか、立候補者と有権者である前に、人の間にどう生きるかを日々の生活を学び舎として人間力を積んでいきたい。
 緊張で頭を真っ白にしながら、それでも「目に見えないものに心を注ごう」と訴えたあの交差点が、きっと私の政治家としての原点となりえるよう、あの3分を心に強く刻むものである。与えられた機会に心より感謝して―。


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